『なぜ人は滑るのか?』
滑りは大きく分けて3つの要因の構成により発生すると考えます。
①床材
②歩行(歩き方、歩く速度など)
③現地の環境と、床材の汚れの原因などの3つです。
滑りの3条件とは?
➀床
床の素材(硬い、軟らかい、吸水性など)、形状(磨き、バーナーなど)と敷設条件・場所(例:室内外、勾配、階段、浴場、プールサイドエントランスなど)により異なります。
床には磨耗により滑りを発生させるもの、反対に磨耗により偶然に滑りを抑制するもの、あるいは凝灰石(十和田石、伊豆若草石等)、モルタル等の吸水性が高く、本来滑りにくいはずの床も、油脂成分を含む汚れを吸い込み、床内の毛細管を塞いでしまう(目詰まり)と滑りを発生させる要因となります。
②歩行
歩行についての滑りは、その条件により異なります。裸足で歩く、何かを履いて歩く、普通に歩く、急ぎ足、小走り、走る、手荷物を持って歩く、急ぐ、お酒が入ったり、体調が悪かったり、考え事をしてたり、水溜りを飛び越えたり・・・数え切れないほどの条件の中で歩行します。
また、歩行は年齢や運動能力に影響を受けることもあります。通常、歩行している時に体のバランスは無意識の中で保たれています。そこに一瞬滑りを感じた時、体に緊張が走ります。転倒を回避するためには、ある程度の運動能力も関係します。
③環境とその汚れ
環境とその汚れの要素については、上記に解説してる床が吸い込んだ油脂成分、水、ホコリ、苔、砂利など。子供時代に滑って遊んだバナナの皮なんてのもあります。
私自身の経験ですが、傾斜10度程度のアスファルトの歩道で転倒したことがあります。原因は砂利でした。大きなけがもなく、かすり傷でことなきを得ました。それから雨の降り始め、水の表面張力が滑りを誘発します。雨が降り出すと歩行が急ぎ足か小走りに変わり、雨の状況によっては全力疾走する人もいるでしょう。体重移動による負荷重が増すので、床に接する踵(かかと)の角度が大きくなればなるほど滑りの危険性は大きくなります。
空気も滑りの要因のひとつ?
平成11年8月の出来事です。
あるプール施設のご依頼で、プールサイドと施設出入り口の通路、階段の滑り止め施工をしました。施工は順調に終わり大変喜んでいただきました。敷設されている床に対するメンテナンスマニュアルもうまく活用されていて、すべてが順調そのものでした。
ところがある日、子供が通路で滑ったとの連絡がありました。幸い怪我はなかったということでホッとしましたが、とにもかくにも施設にすっ飛んでいきました。施設に到着。お詫びを申し上げた後、通路と階段の滑りの安全チェックに取りかかりました。
・・・滑りを感じません。数回にわたりチェックしましたが滑りません。不思議に思い施設の担当者に子供が滑った時の状況を尋ねてみました。その時に子供が履いていたのは、ビーチサンダルだったのです。その当時ビーチサンダルを含むクッション性のある履物が滑りやすいものであるという認識がありませんでした。
施設では、これを機にビーチサンダルでの入場を制限し、その後子供のスリップに関わるトラブルは発生していません。
人の歩行に体重移動は不可欠なものです。クッションがあると踵(かかと)が地面に着地した時に、履物がヘシャギます。空気が一気に抜ける時・・・地面と履物、履物と踵、それぞれの負荷重が一気に軽減されるとバランスが崩れ、滑りやすくなると考えました。クッション(空気)も滑りの要因となるから、ビーチサンダルはビーチで履くものと、ある意味で妙な説得をしました(笑)
履物と滑りの関係
大昔、昭和30年~35年頃で主流の履物と言えば下駄だったそうです。当時の田舎の道路事情は、舗装されている箇所と言えば国道を除くと現在の5%程度だった様です。下駄はその点、大変に都合の良い履物だったのです。
半世紀を経て、道路事情は大きく変わりました。道路は舗装されているのが当たり前で、並行し町並みも一変しました。土間がタイルに変わり、大規模な集客施設の床に至っては、明るい磨きの床材(セラミックタイル)が増えています。履物も限りなく増えました。生ゴム系の靴底がウレタン系ゴム底に変わっていき、10センチ以上もあるハイヒールを平然と履きこなす女性達。
「滑ったお前が悪い」という考えは、今の時代「滑る原因を放置したアナタが悪い」に変わり、事故という考え方に発展し法律の規制に委ねる時代になってしまいました。
履物が変わっても、変化していないもの
その中にあって、まださほど変化していないものがあります。
我々の滑りに対する思考です。
一部の人を除けば、もう下駄を履いている人はほとんどどいません。時代が変わったんです。履物も変わったんです。
自分の身を守るために考え方を変えましょう。(転倒事故が起こると施設管理者の責任を問われる時代です。)
わが国は、60歳以上の予備軍を入れると3人に1人の割合に近くなります。世界のトップに並ぶ少子高齢者の国となるんです。滑りの問題は高齢者になればなるほど重傷を負う危険度は高くなります。自分を過信せず、安全に歩く事を心がけて欲しいと思います。また、施設様も滑りに対する考え方を変えて対策を講じた方がいいと思います。
スニーカー(運動靴)と滑りの関係
履物メーカー側も滑り対策には苦慮していると聞き及びます。
神戸の靴メーカーの下請け業者に伺うと、靴底の素材の選択から形状に至るまでメーカー担当者と細かい打ち合わせを重ねていると言う事でした。たまたま伺った時もメーカー担当者と形状について話し合いの最中だった様です。
私が下請け業者さんに時折伺っていたのは、滑りの要因に履物が大きく関与するからなんです。特にスニーカー(運動靴)について、靴底の形態の推移を知りたいと考えていました。年々朝夕、ジョギングとウォーキングに勤しむ人たちが増えています。中でも目を引くのが高齢者と思われる方の数が多いこと。そして履いているスニーカーの靴底を観察すると、その大半がウレタン系ゴム仕様です。ウレタン系ゴムは比較的硬く、磨耗しにくいし、靴の中のクッションは歩行の負担を軽減してくれます。最近のスニーカーは本当によくできていると思っています。昔よく皆が履いていたという、世界長の地球印とか東洋ゴムの駒印、月星印なんてのは何処に消えたのでしょうか・・・。時代の流れなんですね。
その時代の流れに重なるように滑りの問題が社会現象としてクローズアップされているのです。靴底も素材、形状として何がベストなのか特定できません。天候、歩行する床の素材、形状に加え人の動作(急ぐ、走る等)も滑りのファクターとして大きな影響があります。
履物メーカーとタイルメーカーの共通したテーマが「滑り対策」ではないかと思います。
タイルメーカーがCSR値をクリアし、安全と銘打って敷設したタイルの上を、雨天の日にウレタン系ゴム底のスニーカーを履いた子供が滑って遊んでいる光景を見るのは決して珍しくありません。ゴム底が不定形のものほど、よく滑るみたいです。
意図的に凹凸を施した床もたくさんあります。石材においてはバーナー仕上げ、ビシャン仕上げ(たたき)などが一般的です。時折見かけるのがエポキシ系コーティングですかね。これらの摩擦係数は明らかに高い数値を示します。経年しても基本的な摩擦系数値は高いままです。
ウレタン系ゴム底のスニーカーではどうでしょう?凹凸のある床は表面に棘(とげ)がある間は、小さな刺が靴底に引っかかり安定し歩行できます。結合粒子で形成された棘は大変に脆いものです。歩行頻度の多い箇所は簡単に削られてしまいます。棘が摩耗して「研げ」に変化すると、滑り出すようになります。
ハイヒール物と滑りの関係
ハイヒールと滑りについてはどうでしょうか?皆さん、つま先で歩いたことありませんか?イメージでハイヒールを解釈すると“抜き足、差し足、忍び足”。そう、コソ泥歩きです。腰を下げて、バランスを保ちながら、つま先でそろ~りそろ~りと歩きますね。その時につま先は床に対し、垂直に近い状態で接地します。背筋をピシッと伸ばして歩いても、つま先の床への接地は同じように垂直に近くなります。コソ泥歩きも、背筋を伸ばし、つま先で歩くことも、続けると疲れますよね。ふくらはぎがパンパンになって最悪は足がツったりしますよね。そこで踵(かかと)に突っ張り棒をつけるとけっこう楽に長時間歩けるようになります。つまり、これがハイヒールの原理じゃないかと思います。
凍った床を歩く時、普通に歩けますか?無理ですね。この時脳細胞は必然的に、何故かしらコソ泥歩きの指令をだします。“用心して・・・足を垂直に降ろして・・・バランスを保って・・”なんてね。つまり垂直に接地させることは、最大の摩擦力を使うことに繋がる訳で、ハイヒールという履物は、滑りに関しては理に適っていると思います。それでもハイヒールの転倒事故って結構多いです。
そこで調査してみました。一番多いのが階段の踏み外し、そして踵(かかと)の引っ掛かりが原因での転倒、踵の凹凸での斜め接地による捻挫または転倒などが多いようです。もちろん滑って転倒もあります。