日常生活の事故で救急搬送されるのは年間約16万3千人。多くを占めるのが「ころぶ」事故

東京消防庁によると、令和6年(2024年)の1年間に、日常生活における事故(交通事故を除く)で約16万3千人が救急搬送されています。このうち高齢者の「ころぶ」事故だけで約73,500人にのぼります。

店舗・商業施設・浴場など、不特定多数の人が出入りする場所で床が濡れて滑り、お客様が転倒した場合、被害者への対応だけでなく、施設側の責任が問われることがあります。本記事では、実際の裁判例2件をもとに、責任が認められた場合と認められなかった場合の分かれ目、そして施設管理者が取るべき対策を整理します。

お客様が転倒したら、店や施設は賠償責任を負うのか

結論から言うと、転倒事故があれば必ず施設側が責任を負う、というわけではありません。事故の状況や、施設側の対応の有無によって、判断が分かれます。責任を問う根拠としては、主に次のようなものが主張されます。

  • 民法第709条(不法行為責任):故意または過失によって他人に損害を与えた場合の責任。危険を放置していたことが「過失」にあたるかが争点になります。
  • 民法第717条(工作物責任):土地の工作物の設置または保存に瑕疵(かし)があり、他人に損害が生じた場合に、占有者や所有者が負う責任。床の滑りやすさが「瑕疵」にあたるかが問われることがあります。
  • 安全管理義務(安全配慮義務):施設の利用者が安全に過ごせるよう配慮する義務。これを怠ったとされると、損害賠償を命じられる可能性があります。

どの根拠であっても、実際の裁判で重視されやすいのは、次の2点です。

  1. 転倒の危険を予見できたか
  2. 予見できた危険に対して、事故を防ぐ措置を講じていたか

判例①:サニーレタスの水で転倒した「レタス訴訟」|約2,180万円の支払いを命じた

裁判判例

東京地方裁判所 2021年7月28日判決(第一審)

事案:2016年10月、神奈川県のスーパーの野菜売り場で、サニーレタスからたれた水で濡れた床に足を滑らせ、60代の男性が転倒。左肘を骨折した。

判決:裁判所は店側の安全管理義務違反を認め、約2,180万円の支払いを命じた(請求額は約1億200万円)。

判断の理由(報道による):店側は「床が濡れていたとは考えにくい」と争ったが、水気のあるレタスをお客様が取る際に落ちた水が床に広がったと指摘。清掃などの対応をした形跡がないことも踏まえ、義務違反があったと判断された。

出典:弁護士ドットコムニュース(2021年8月11日)

この事案で注目すべきは、「水気のある商品を扱う売り場では、床に水が落ちることは想定できる」という点です。想定できる危険に対して、マットの設置、こまめな拭き取り、巡回といった対応の記録がなければ、「対応していなかった」と評価されかねません。

判例②:床の天ぷらで転倒した「天ぷら訴訟」|控訴審で店側の責任は否定された

裁判判例

東京高等裁判所 2021年8月4日判決(控訴審)

事案:スーパーの店内で、床に落ちていたかぼちゃの天ぷらを踏んだ30代の男性がひざを負傷した。第一審(東京地方裁判所)は店側の責任を認め、約57万円の支払いを命じた。

判決:控訴審は第一審判決を取り消し、男性の請求を棄却した。天ぷらはレジ前の通路に落ちており、転倒の直前に落下したものと認定。従業員に安全確認をする法的な義務はなかったと判断した。

出典:弁護士ドットコムニュース(2021年8月11日)

同じスーパーでの転倒事故でも、第一審と控訴審で結論が分かれたことが分かります。「施設内で転んだ=施設の責任」とは限らないものの、裁判所の判断は事案ごとに異なり、施設側に有利に働く保証はありません。

責任の分かれ目は「予見できたか」と「措置を講じていたか」

上記の記事で解説している弁護士も、「事故を予見できたか」「事故を防ぐ措置を講じていたか」が過失の判断のカギになると指摘しています。2件の判決を、この2つの観点で並べると次のように整理できます(当社による整理です)。

  • レタス訴訟:売り場の性質上、水が床に落ちることは予見しやすい。それにもかかわらず、清掃などの対応をした形跡がないと判断され、責任が認められた。
  • 天ぷら訴訟:異物が落ちてから転倒までの時間が短く、従業員が事前に気づいて対処する法的な義務まではなかったと判断され、責任が否定された。

つまり、入口の雨水、水を扱う売り場、浴場の洗い場のように「濡れること」が日常的に予見できる場所ほど、「対策していなかった」と見られるリスクが高くなる可能性があります。一時的な拭き取りだけに頼らず、床そのものの滑りやすさに向き合うことが重要になります。

「濡れやすい場所」ほど、管理者の対策が問われる

転倒事故のリスクが高まりやすい代表的な場所と、確認しておきたい点です。

入口・エントランス

雨の日は、傘や靴底の水で磁器タイルなどが滑りやすくなります。マンション共用部の場合は、管理会社や管理組合の責任が論点になることもあります。詳しくはマンション管理会社が負う「提案義務」とは?をご覧ください。

浴場・洗い場

常に水や石けん成分で濡れており、転倒すると頭部の打撲や骨折につながりやすい場所です。浴場の床対策については浴場の滑り止め施工とは?で解説しています。

水を扱う売り場・厨房まわり

青果・鮮魚・飲料の売り場や、厨房・バックヤードとの境界は、水や油が床に出やすい場所です。清掃の頻度だけでなく、床材が濡れたときにどれだけ滑りやすいかも見直しの対象になります。

施設管理者がいますぐ確認したい5つの対策

  1. 濡れやすい場所の洗い出し:入口、水を扱う売り場、浴場、厨房前など、お客様の動線上で床が濡れやすい場所を一覧にする
  2. 拭き取り・巡回のルール化と記録:誰が、どの頻度で確認するかを決め、実施の記録を残す。「対応していた」ことを示せる状態にしておく
  3. 注意喚起の掲示:雨天時や清掃直後の看板、マットの設置。ただし、これだけで十分とは限らず、補助的な対策と考える
  4. 床材そのものの見直し:濡れても滑りにくい状態にする防滑施工を検討する。床材の風合いを損なわない工法もあります(滑り止め施工(ME工法))。業者選びのポイントは失敗しない滑り止め業者の選び方で解説しています
  5. 事故・ヒヤリハットの記録と、事故後の対応手順:過去に転倒や苦情があった場所は、特に優先して対策する。加入している施設賠償責任保険の内容も確認しておく

よくある質問

Q. お客様が転倒して賠償を請求されたら、まず何をすべきですか?

現場の写真、防犯カメラ映像、清掃や巡回の記録など、当時の状況が分かる資料を確保したうえで、加入している保険会社や弁護士に早めに相談してください。独断で責任を認める発言をしたり、逆に否定したりする前に、専門家の助言を受けることをおすすめします。

Q. 注意喚起の看板を置いていれば、責任は問われませんか?

看板を置いただけで責任がなくなるとは限りません。予見できる危険に対して、実際に事故を防ぐ措置を講じていたかが問われる可能性があります。看板は補助的な対策と位置づけ、拭き取りや床材の見直しなどと組み合わせることが大切です。

Q. 防滑施工をすれば、転倒事故の責任を負わずに済みますか?

防滑施工をしたからといって、責任が一切なくなる、あるいは事故がゼロになるわけではありません。ただし、濡れたときの床の滑りやすさを根本から下げ、施工や点検の記録を残しておくことは、施設の安全管理に取り組んでいる事実を示すうえで有効な対策の一つです。

参考資料