「転倒・転落、医療者らの責任追及で現場は萎縮」10団体が共同声明
日本医療安全学会をはじめ医療・介護関係10団体は11月17日、転倒・転落事故における訴訟で、医療・介護現場の実情を踏まえて判断する重要性を訴えた共同声明「介護・医療現場における転倒・転落 ~実情と展望~」を公表した。想像上の理想的な医療・介護現場を基に判断することは、現場の萎縮、混乱を引き起こすほか、医療安全の名を借りた懲罰、責任追及の空気を再び呼び起こすこととなるため、厳に慎むべきと釘を刺した。「法曹界には一度立ち止まって真摯に検討いただきたい」と要望した(10団体の名称は、文末に掲載)。
日本医療安全学会副理事長の辰巳陽一氏は、共同声明をまとめた理由として、転倒・転落をめぐる裁判で医療・介護施設側の責任を問う判決が続いたことを挙げ、司法と医療安全の立場の考えに相違があることを挙げた。その例として挙げたのが、ICU入院中の患者(当時 26 歳)がベッド柵を乗り越え転落した事故(高松高裁2022年6月2日判決)や、認知症のある入院患者がトイレから出た後に廊下で転倒した事故(神戸地裁2022年 11 月 1 日判決)などだ。転倒・転落は特に高齢者であれば誰でも起こり得るとし、防止には努力するものの、ゼロにすることは不可避であると指摘。医療・介護現場の責任が問われる動きがあると、身体拘束につながり、患者等が不利益を被る事態に陥りかねないとの懸念を呈した。
医療法学研究会代表で、医師・弁護士の大磯義一郎氏は、3点を指摘した。第一は、転倒・転落が起きた場合にどこまでが過失に当たるのか否かというルールがないこと。「ひとえに裁判官個人の心象によって決まる。療養上の世話に関する領域はまだ司法判断が固まっておらず、判決のぶれ幅が大きい。判決によっては単なる結果論にすぎないものもある」(大磯氏)。第二は、ルールがないために医療や介護の萎縮につながること。「裁判官によって違法とされる危険があるとなると、医療者は違法な行為をできる限り、回避しようとする」(大磯氏)。第三は、行政・立法・司法の間で共通認識が欠けていることが問題の本質であること。大磯氏は「転倒・転落予防のために取るべき水準の認識に齟齬がある中で、不幸にも生じた転倒・転落の結果を、現場の医療・介護者の責任とすることは極めて非論理的」と指摘し、本声明を機に前向きな議論に発展することを期待した。
現場に沿わない机上の検討と対策はかえって弊害
共同声明では、転倒・転落事故は、背景が極めて複雑かつ多彩であることなどから、「実際の臨床現場を目にすることなく、想像で転倒・転落事故を論じた場合、事故原因の本質に迫ることができない」と指摘。転倒・転落事故はどこで生活しようとも日常的に発生し得るため、転倒・転落を防止する取り組み、努力は重要であるものの、ゼロにすることは不可能とし、「現場に沿わない机上の検討と対策はかえって弊害すらあることを、患者・利用者・家族、そして法曹界を含めた社会に理解してもらうことが重要である」と強調した。
その上で、▽転倒・転落事故について、▽転倒・転落事故の背景・原因、▽転倒・転落を正確に予測する方法がないこと、▽転倒・転落事故に対する病院・施設の法的責任について、▽身体拘束について、▽家族の関わり、理解について――の各項目について解説する内容になっている。
転倒・転落、今の学問的知見、臨床的経験で予測不可能
会見には辰巳氏、大磯氏のほか、3団体の代表が出席した。
全国老人保健施設協会副会長の田中志子氏は、「二本足で歩いていれば誰でも転倒する。転倒・転落は、老年症候群の一つ。施設の敷地内で転倒した場合には施設の責任であり、家庭で転倒・転落した場合には本人の責任という考え方を変えていかなければいけない。転ぶかもしれないから、なるべく動かないように動かないで、などとスピーチロックをかけることは避けていかなければならない」と指摘。
日本転倒予防学会副代表理事の鈴木みずえ氏は、「転倒・転落がいつ起きるかは、現在の学問的知見、臨床的経験からは到底不可能だ。しかし、転倒・転落が発生した際に予見できたかのように扱われ、過失が問われることで現場の医療介護職のストレスが増大し、身体拘束を行うといった誤った対策がますます増加するのではないか」との懸念を呈した。
日本慢性期医療協会副会長の矢野諭氏も、慢性期医療を担う中で転倒・転落をゼロにするよう努力しているものの、ゼロにできない中で、過失として追及されるとそれを回避するために身体拘束に代表されるような不必要な行為が行われかねないと指摘。この現状への理解が、今回の共同声明を機に広がることを期待した。
介護・医療現場における転倒・転落 ~実情と展望~ 10 団体共同声明
日本医療安全学会、日本転倒予防学会、日本集中治療医学会、医療法学研究会、全国老人保健施設協会、日本慢性期医療協会、全国老人福祉施設協議会、回復期リハビリテーション病棟協会、日本認知症グループホーム協会、日本リハビリテーション病院・施設協会