店舗での転倒事故、責任負うのは施設側か利用者か…「清掃不十分」と2180万円賠償命じた判決も
段差につまずいたり、ぬれた床に足をとられたり。ふとしたことで誰もが遭遇しかねない転倒事故は、裁判でその責任が争われることもある。現場となった施設などの管理不備か、利用者らの不注意か。
司法の判断はケース・バイ・ケースだが、バリアフリー化の進む社会の状況を重視して施設側に賠償を
命じた判決もあり、専門家は「これまで以上に対策に力を入れる必要がある」と指摘している。
賠償命令
店舗内のトイレで転んだ場合、責任を店側に問えるのか。横浜地裁で争われたのは、こんなケースだ。
当時67歳だった女性は2018年1月、契約手続きで訪れた神奈川県の携帯電話ショップでトイレを
借りた。
トイレは入り口付近が土間のようになっており、便器はそこから一段高い床の上にある。土間部分と床
との段差は約10センチ。段差につまずいて転倒した女性は足の付け根を骨折し、約1か月間入院した。
ショップの運営会社に入院費や慰謝料など約860万円の賠償を求めた女性に対し、同社側は開店から約1年半の間に1件も転倒事故がなく、段差もすぐに気づくことのできるものだったとして、責任を否定した。
しかし、今年1月の地裁判決は、高齢者らが移動する際の安全確保などを目的に制定されたバリアフリー法に基づき、国土交通省の指針がトイレの出入り口に段差を設けないよう勧めていたことも踏まえ、「高齢者にとって段差が危険なことは社会常識化していた」と指摘。それにもかかわらず、段差への注意を呼びかけなかった同社には賠償責任があるとして約230万円の支払いを命じた。
同社は控訴したが、東京高裁で6月、200万円の解決金を支払う内容の和解が成立。担当者は取材に「お客様にご迷惑をかけ、深く反省している」とした上で、現在はトイレへの貼り紙や高齢者らへの声がけによって注意喚起を徹底していると明かした。
「よけられた」
危険の放置が高額賠償につながったケースもある。
神奈川県のスーパーで会社経営者の男性がぬれたフロアで転倒し、ひじを骨折した事故では、東京地裁が21年7月、スーパーの運営会社に賠償を命じ、確定した。
店ではサニーレタスを水にさらしてから販売しており、陳列場所近くに水が広がることを認識できたのに、床の清掃などを十分に行っていなかったと判断。
男性の事業に影響が出たことを考慮し、賠償額は約2180万円とした。
一方、東京都内のスーパーのレジ前に落ちていたカボチャの天ぷらを踏んで転倒し、右膝を負傷した男性が起こした裁判では、東京地裁が20年12月、スーパーの運営会社に対し、「レジ周辺の安全確認を徹底すべきだった」として約60万円の賠償を命令。しかし、21年8月の東京高裁判決はレジの前は見通しがよく、客が落下物をよけることは難しくなかったとして男性の逆転敗訴とし、最高裁で確定した。
危険の洗い出し
転倒事故の裁判に詳しい望月浩一郎弁護士は「施設側が事故の原因を予想できたかや、事故を防ぐ措置をどれだけとっていたかなどが判断の分かれ目になる」と説明。「高齢化に伴って社会のバリアフリー化が進み、施設などに求められる安全水準は高まっている。施設側の責任が以前より認められやすくなった面もあり、危険箇所を洗い出した上で問題を解消したり、利用者に周知したりする対応が求められる」と話す。
10月10日は「転倒予防の日」
かつて「体育の日」(現・スポーツの日。10月の第2月曜日)として知られた10月10日は「転倒予防の日」でもある。「テン・トオ」にかけた語呂合わせだが、医療関係者らでつくる「日本転倒予防学会」は、その前後に啓発活動を行うなどして予防策を発信してきた。
厚生労働省の人口動態調査によると、20年に平らな場所で転倒して死亡した人は10年前の1・6倍に当たる7782人に上り、96%は65歳以上だった。死亡には至らなくても、高齢者が転倒して骨折すると、寝たきりになる恐れもある。
高齢になると脚の力が衰えて転びやすくなるため、同学会は掃除を長めにしたり、自宅から少し離れた所で買い物をしたりするなど、日常生活の中で体を動かす機会を増やすことを推奨。ぬれた横断歩道やマンホール、落ち葉といった滑りやすい場所や状況を意識して過ごすことも大切だという。
同学会前理事長の武藤芳照・東大名誉教授(スポーツ医学)は「転倒死は増えているが、転倒の危険性は十分に知られていない。施設側が危険箇所の『見える化』に努める一方、高齢者もこまめに運動するなどし、社会全体で予防に取り組むべきだ」と話している。