民事裁判例から見る転倒事故の施設類型別の特徴と施設管理者の責任
1.研究の背景と目的
超高齢社会を迎えた日本社会では、要介護高齢者の人口の増加に伴う社会保障費の負担が重くなっており、高齢者が要介護状態になる前の予防や防止が重要かつ喫緊の課題になっている。厚生労働省の不慮の事故統計によれば、転倒事故による死者数は交通事故のそれより多く、その大半が高齢者である。しかもそのほとんどが日常生活での事故であることから、多くの市町村において高齢者の転倒防止のための筋力強化トレーニングや注意喚起が進められている。しかしながら、転倒事故の原因は、施設の設置・管理の瑕疵にあるとされて、施設管理者の責任が問われる場合がある。
住宅での転倒予防・防止は、古瀬ら1)や加藤ら2)などの先行研究を通して、階段における手摺設置の義務化や取付け強度の定量評価が進んだが、近年は高齢化の進展に伴う転倒事故が多発しており、今枝ら3)が救急搬送データ分析から住宅における転倒事故の特徴を明らかにしている。
高齢者施設については、古くは金ら4)がデータをもとに床での転倒事故が最も多いことを示し、最近では三浦5)が床の構造
が原因で転倒事故の骨折率が高くなっていることを明らかにしているが、転倒事故の事故調査データの統計が十分に整備されていないことから、事故調査データに基づく研究はあまり進んでいない状況にある。
砺波ら6)がアンケートに基づいて指摘しているように、建物内で起きた転倒事故などの責任は自分の不注意にあると考える傾向がある一方、民事裁判では施設管理者の責任が問われるケースが少なからず見られる。
刑事裁判では捜査当局に証拠などを強制的に集める権限を与えているが、民事裁判では当事者の陳述と提出される証拠に
基づいて証拠調べが行われている。また、刑事裁判の実況見分とは立証のハードルに違いがあるものの、民事裁判でも判決を言い渡すために実況見分がなされ、より確からしい事実を探し出す努力がなされている。
転倒事故に関する施設管理者の責任については、辻岡ら7)が、建設技術者が把握すべき民法上の責任概念を考察し、望月8)が民事裁判例をもとに紛争事例の動向を明らかにしている。また、岡村9)が病院における転倒事故の法的責任について論じているが、個別的に事案を扱っており、転倒事故の原因となった施設の瑕疵について民事裁判でどのように扱われてきたかを包括的に捉え、施設管理者の責任について明らかにした研究は見られない。
そこで、本研究は、高齢者の転倒事故に着目しつつ、損害賠償請求の民事裁判例における転倒事故の事故態様、施設設置・管理の瑕疵の有無、被災者の不注意の有無などを施設類型別に整理し、施設管理者に問われた責任を明らかにすることを目的とする。
2.研究の対象と方法
本研究は、2000年から2017年までの18年間に判決が下された転倒事故の損害賠償請求の民事裁判例のうち、被害者と施設管理者以外の責任が問われた転倒事故、言い換えれば、医療介護者や児童の保護責任者の責任が問われた医療介護施設や学校施設での転倒事故を除く、全38件を対象とする。
このうち、道路施設における案件は一般財団法人道路新産業開発機構の訴訟事例(Web情報)において公開されており、それ以外の建物施設の案件はTKC法律情報データベース(Westlaw Japan)において公開されていることから、それらの情報を整理・分析した。
整理・分析にあたっては、東京消防庁の救急搬送データの報告書で使用されている施設類型を参考に、対象施設を商業施設・道路施設・公共公益施設・住宅施設・医療介護施設に分類し、民事裁判例から転倒事故の発生場所、被害者の属性、施設管理者の種類を把握した上で、裁判所による転倒事故の判決と判決理由を整理した。すなわち、判決理由からは、どこでどのように起きたかの事故態様、転倒パターンと転倒事故の起因物などを読み取り、判決文からは、施設管理者の責任と法令違反の有無、原告の過失の有無、過失割合を把握・整理した。
3.転倒事故に関する損害賠償請求の認容率と事故の態様
3.1 転倒事故の損害賠償請求の根拠法と判決類型
転倒事故の損害賠償請求の裁判では、事故の起きた施設の設置・管理の瑕疵の有無、原告のヒューマンエラー等の過失の有無を裁判所が実況見分などの調査、審理を通じて事実を認定し、判決を下すが、その根拠になるのは民法第709条、同第717条、国家賠償法2条1項
などの不法行為法であり、建築基準法、同施行令、東京都条例なども根拠となる場合が見られた。
判決には、認容判決、一部認容判決、棄却判決の3類型がある。
認容判決は、施設の設置・管理に瑕疵があり、原告には過失がなかったと判断して、裁判官が損害賠償額を査定して施設管理者に支払いを命じる判決である。一部認容判決は、施設の設置・管理に瑕疵があり、原告にも過失があったと判断して、民法第722条の過失相殺条項を適用し、裁判官が査定した損害賠償額から原告の過失相当分を減額した賠償額の支払いを施設管理者に命じる判決である。棄却判決は、施設の設置・管理のいずれにも瑕疵がなく、施設管理者に責任はないと判断して、原告の損害賠償請求を認めない判決である。
3.2 転倒事故に関する損害賠償請求の認容率
本研究が対象とした民事裁判例38件のうち、4件が認容判決、17件が一部認容判決、17件が棄却判決であった。
認容率とは訴訟件数(民事裁判例件数)に占める認容件数と一部認容件数の合計件数の割合であり、表1に示すとおり民事裁判例38件に対する認容率は55%となる。認容率が持つ意味は、訴訟件数のうち施設の設置・管理の瑕疵により原告の損害賠償請求が認められた割合を示すことにある。
施設類型別に見ると、最も訴訟件数が多かったのは商業施設18件、次いで道路施設7件、公共公益施設5件と続いたが、認容率はいずれの施設類型を見ても50〜60%の間にあった。
表1 転倒事故に関する損害賠償請求の認容率
施設類型 判決類型 訴訟件数 認容率 認容件数 一部認容件数 棄却件数
商業施設 1件 9件 8件 18件 55%
道路施設 0件 4件 3件 7件 57%
公共公益施設 1件 2件 2件 5件 60%
住宅施設 0件 2件 2件 4件 50%
医療介護施設 2件 0件 2件 4件 50%
合計 4件 17件 17件 38件 55%
3.3 施設類型別の転倒事故の事故態様(転倒パターン)
民事裁判例38件の転倒パターンは、表2に示すとおり、すべりとつまずきが14件と最も多く、踏み外しが5件、外力が3件であった。
不明の2件は、原告の陳述に疑義があるもの(公共公益施設)、原告に事故態様の記憶がないもの(医療介護施設)が各1件あった。
表2 施設類型別の転倒事故の事故態様(転倒パターン)
施設類型 すべり つまずき 踏み外し 外力 不明 合計
商業施設 12件 3件 1件 2件 0件 18件
道路施設 0件 5件 2件 0件 0件 7件
公共公益施設 2件 0件 2件 0件 1件 5件
住宅施設 0件 4件 0件 0件 0件 4件
医療介護施設 0件 2件 0件 1件 1件 4件
合計 14件 14件 5件 3件 2件 38件
すべり事故の86%が商業施設で発生し、すべり事故が商業施設で起きた転倒事故の67%を占めていた。一方、つまずき事故は公共公益施設を除くすべての施設類型で発生しており、特に住宅施設と道路施設ではつまずき事故が大半を占めていた。
外力事故には、作動した自動ドアや防火扉に押されて転倒した2件と、狭い入口に殺到した来店客に押されて転倒した1件があった。
4.高齢者に着目した施設類型別の転倒事故の特徴
4.1 施設類型別の転倒事故の特徴
(1)商業施設の転倒事故の特徴
商業施設の転倒事故18件を転倒パターンで分けると、すべり12件、つまずき3件、踏み外し1件、外力2件であった。
建物7階の食堂街通路で起きた高齢者が転倒した事案No.1は、裁判所が実況見分により、床面の油汚れなど施設管理に瑕疵があり、普段から清掃が十分でなく、原告には過失はなかったと事実認定して、民法第717条により2263万円の賠償を命じた認容判決であった。通路に落ちていたアイスクリームに滑って高齢者が転倒した事案No.4も、普段から清掃が不十分で施設管理に瑕疵があり、原告にも不注意があったとして863万円の賠償を命じた一部認容判決であった。
これら2件を含めて7件のすべり事故では施設の設置・管理の瑕疵により施設管理者が責任を問われた。
また、スーパーが通路への車の進入を防止するために設置したバリケードの鉄パイプに来店客がつまずいて転倒した事案No.7では、仮設のバリケードも民法717条の「土地工作物」であり、施設の設置・管理に瑕疵があったとして、スーパーの施設管理責任を問われた。
レストランの自動ドアに押されて高齢者が転倒した事案No.2では、店舗施設の設置・管理に瑕疵があったとしてレストランの施設管理責任を問われた。
このように商業施設で起きた転倒事故の各事案について、裁判所は実況見分、審理を通じて、施設の設置・管理の瑕疵を判断して事実を認定し、施設管理者の責任を問い、責任がなければ原告の損害賠償請求を棄却する判決としていた。
(2) 道路施設の転倒事故の特徴
道路施設の転倒事故7件を転倒パターンで分けると、つまずき5件、踏み外し2件であった。
歩道中央部の鉄蓋が約4㎝浮き上がった段差につまずいて転倒し
た事案No.19では、一審では道路管理者が予算も要員もない状況での保守管理は無理だと主張したが、保全管理の瑕疵、道路管理者の責任を問われて認容判決となり、二審では原告にも過失があったとして過失相殺し、約800万円の賠償を命じる一部認容判決となった。
駅前のバス乗降場付近の道路にできた窪みにつまずいて転倒した事案No.22では、道路管理者が速やかに補修すべきであったとして一部認容判決となった。
一方、原告が近くの横断歩道を渡らずに道路を横断して、容易に見分けられる駒止めにつまずいた事案No.23、園児を引率中に後ろ向き歩行をしていて段差を踏外した事案No.25などでは、裁判所は実況見分と審理を通じて事実を認定し、施設管理者に施設の設置・管理に瑕疵がなかったこと、原告に不注意以上の過失があったことなどを明らかにして、損害賠償請求を認めない棄却判決としていた。
転転倒倒事事故故のの事事故故態態様様原原告告事故がどこで、どのようにして起きたか
転倒
パターン起因物と原因設置管理法令違反の有無過失の有無被告原告
1ビル7階 飲食店街の通路
歩行者・女・
83歳貸しビル業者歩行者が飲食店街通路の床面の油汚れ滑って転倒すべり通路床面の油汚れ━ ● ●管理に瑕疵
民第717条違反━認容
2263万円100% 0%一審東京地裁H13年11月27日:2001
平成12年(ワ)第2052号
2レストラン出入
口の自動扉
来店客・女・
65歳 歩行難レストラン介添なしで店を出ようとして、安全装置のない自動ドアに圧され転倒
外力
(押す力)
安全装置のない自動ドア●● ●●設置・管理に瑕疵
民第717条違反● ●一部認容
222万円30% 70%一審東京地裁H13年12月27日:2001
平成9年(ワ)第21352号
3コンビニ店内の
床
来店客・女・
22歳
コンビニ店・フランチャイザー
両手にパン牛乳を持っていた客が水濡れが残った床に滑って転倒すべり店舗の床に残った
水濡れ━ ● ●管理に瑕疵
民第709条違反● ●一部認容
115万円50% 50%二審大阪高裁H13年7月31日:2001
平成12年(ネ)第4041号
4アイス売場前の
通路
来店客・女・
71歳
ショッピング
センター
売場通路の床に落ちていたアイスクリームに気付かず滑って転倒すべり放置された落ちた
アイス━ ● ●管理に瑕疵
民第709条違反● ●一部認容
863万円80% 20%一審岡山地裁H25年3月14日:2013
平成23年(ワ)第1389号
5酒類売り場の
通路
来店客・性別
不詳 57歳
ショッピング
センタ
来店客が売場の床にこぼれていた日本酒に気付かず滑って転倒すべり放置された床にこ
ぼれた酒━ ● ●管理に瑕疵
民第709条違反● ●
一部認容
46万円** 70% 30%一審東京地裁H26年3月14日:2014
平成24年(ワ)第7933号
6銀行出入口の
玄関マット
来店客・女・
57歳銀行店舗両手・肩に荷物を持った女性来店客が玄関マットで滑って転倒すべり玄関マットの整備
不良━ ● ●管理に瑕疵
民第709条違反● ●一部認容
92万円60% 40%二審東京高裁H26年3月13日:2014
平成25年(ネ)第6174号
7スーパー出入
口への通路
来店客・女・
年齢不詳
スーパーマーケット
スーパーの通路で、車止め用のバリケードに橋渡しされた鉄パイプに躓いて転倒
つまずき橋渡しされた鉄パイプ● ● ●●設置・管理に瑕疵
民第717条違反● ●一部認容
64万円30% 70%二審名古屋高裁H14年8月2日:2002
平成13年(ネ)第940号
8店舗入口への
雨のスロープ
店舗管理者
男・50歳代
ショッピングモール
原告の不注意で、店舗入口の雨に濡れたタイルのスロープ(勾配12%超え)を小走りして、滑って転倒
すべりスロープ、雨濡れ
のタイル● ● ●●
設置・管理に瑕疵
民第717条違反
東京都条例違反
●●一部認容
519万円25% 75%二審東京高裁H24年6月12日:2012
平成23年(ネ)第3490号
9遊技場
入場用入口
来店客・男・
50歳前後
スロットマシンの遊技場
狭い入口に一斉に入ろうとした来店客に後ろから圧されて転倒
外力
(押す力)
安全配慮意識の欠
如━ ● ●管理に瑕疵
民第709条違反● ●一部認容
118万円40% 60%一審岡山地裁倉敷支部H14年9月5日
:2002 / 平成13年(ワ)第116号
10浴場の御影石
製階段
常連宿泊客
男・61歳ホテル手摺も警告表示もない滑り易い御影石の階段で、常連客が転倒すべり滑りやすい御影石
の階段●● ●●設置・管理に瑕疵
民第717条違反● ●一部認容
54万円60% 40%一審盛岡地裁H23年3月4日:2011
平成22年(ワ)第101号
11開業前の飲食
店の屋外階段
来訪者・女・
55歳
建物所有者・建
物占有者
両手に荷物持ち、屋外の濡れた階
段で足を滑らせ、前向に転倒すべり屋外階段の濡れた
段板━ ━瑕疵なし(設置管理)
法令違反なし● ●棄却0% 100%一審東京地裁H25年10月25日:2013
平成23年(ワ)第5028号
12雪の日のコン
ビニ店内
来店客・男・
74歳
コンビニ店・フ
ランチャイザー
雪の日に草履履きで来店、草履の雪を拭わず入店し滑って転倒すべり草履の裏に付着した雪━ ━瑕疵なし(設置管理)
法令違反なし● ●棄却0% 100%一審名古屋地裁H25年11月29日 :2013
/ 平成24年(ワ)第3761号
13店舗入口の道
路との境界
来店客・女・
61歳ドラッグストア入口の陳列棚を見て店に入ろうとして、道路との段差に躓いて転倒つまずき店舗入口床と道路との段差━ ━瑕疵なし(設置管理)
法令違反なし●●棄却0% 100%一審東京地裁H25年7月18日:2013
平成24年(ワ)第20169号
14豆腐売場内の
通路
来店客・女・
38歳
スーパーマー
ケット
原告が豆腐の棚を見ながら歩いていて通路の水に滑ったと陳述すべり通路床に水濡れはなかった━ ━瑕疵なし(設置管理)
法令違反なし●●棄却0% 100%一審名古屋地裁岡崎支部H22年12月
22日:2010 / 平成21年(ワ)第850号
15店舗出入口の
足拭きマット
来店客・性別
不詳・63歳家電量販店マットと床の隙間につま先が挟まって、躓いて転倒したと陳述つまずき足拭きマットと床の
隙間なし━ ━瑕疵なし(設置管理)
法令違反なし● ●棄却0% 100%二審東京地裁H27年4月23日:2015
平成26年(レ)第1028号
16プラネタリウム
会場の通路
女・子連れ客
年齢不詳
プラネタリウム
運営会社
足元灯のある会場通路の階段を不注意に踏外し、捻挫、転倒踏み外し薄暗い会場通路の
階段━ ━瑕疵なし(設置管理)
法令違反なし●●棄却0% 100%一審東京地裁H25年6月25日:2013
平成23年(ワ)第41759号
17民宿の浴室
木製の洗い場
宿泊客・男・
年齢不詳民宿旅館浴室の洗い場に生えた苔に滑って転倒したと陳述、足元を見ずすべり足元を見ないで歩
いたこと━ ━瑕疵なし(設置管理)
法令違反なし●●棄却0% 100%一審名古屋地裁H14年10月30日 :2002
/ 平成13年(ワ)第3227号
18岩風呂から外
に出る階段
入浴客・女・
50歳代浴場経営会社岩風呂の階段の手摺がない側を歩いていて、足が滑って転倒すべり手摺がない側の階段━ ━瑕疵なし(設置管理)
法令違反なし● ●棄却0% 100%一審東京地裁H26年1月16日:2014
平成24年(ワ)第32378号
19歩道中央部の
鉄蓋との段差
歩行者・女・
55歳
地方公共団体
(道路管理者)
原告の不注意で、歩道の中央部の鉄蓋の段差4㎝に躓いて転倒つまずき歩道中央部の鉄蓋の段差━ ● ●管理に瑕疵
国賠法第2条違反● ●一部認容
約800万円50% 50%二審大阪高裁 H14年7月23日:2002
平成12年(ワ)第574号
20歩道の側溝の
鉄蓋の隙間
歩行者・男・
60歳
地方公共団体
(道路管理者)
原告の不注意で、歩道の側溝の鉄蓋の隙間に足を踏み外し、転倒踏み外し歩道側溝の鉄蓋の隙間━ ● ●管理に瑕疵
国賠法第2条違反●●一部認容
296万円50% 50%一審大阪地裁岸和田支部H22年2月26
日:2010
21
暗渠のコンク
リート床板の歩
道の段差
歩行者・女・
年齢不詳
地方公共団体
(道路管理者)
原告の不注意で、暗渠のコンクリート床板の段差に躓いて転倒つまずき歩道のコンクリート
床板の段差●● ●●設置・管理に瑕疵
国賠法第2条違反● ●一部認容
約13万円70% 30%一審小浜簡易裁判所H26年2月12日
:2014
22駅のバス乗降
場の道路
乗降者・女・
年齢不詳
地方公共団体
(道路管理者)
原告の不注意で、駅のバス乗降場付近の道路の窪みで転倒つまずきバス停の道路にできた窪み━ ● ●管理に瑕疵
国賠法第2条違反● ●一部認容
約30万円70% 30%一審松戸簡易裁判所 H26年10月23
日:2014
23道路上に設置
された駒止め
歩行者・女・
年齢不詳
地方公共団体
(道路管理者)
原告が道路を横断して識別容易なオレンジ色の駒止めに蹟いて転倒つまずき道路に設置された駒止め━ ━瑕疵なし(設置管理)
法令違反なし● ●請求棄却0% 100%一審名古屋地裁 棄却H17年:2005
三審最高裁棄却H18年11月14日
24車道の側溝蓋運転者・男・
年齢不詳
地方公共団体
(道路管理者)
駐車して足元を注意せずに歩き、側溝蓋の段差に躓いて転倒つまずき道路の側溝蓋の段差━ ━瑕疵なし(設置管理)
法令違反なし●●請求棄却0% 100%一審岐阜地裁 H19年11月12日:200725歩道(県道)の
段差
保育士・女・
56歳
地方公共団体
(道路管理者)
後ろ向き歩行で園児を引率中に、歩道の段差を踏み外して転倒踏み外し歩道の段差後ろ向き歩行━ ━瑕疵なし(設置管理)
法令違反なし●●請求棄却0% 100%一審横浜地裁 H20年3月28日:2008
26中学校の結露
した廊下
中学生・男・
14歳
地方自治体
中学校他
結露した廊下での滑り遊びを断った原告が強要されて転倒すべり結露した廊下での滑り遊び● ● ●●設置・管理に瑕疵
国賠法第2条違反━認容
4568万円100% 0%二審福岡高裁H25年12月05日:2013
平成25年(ネ)第527号
27
保養所の客室の出入口の床との段差
常連宿泊客
・女・85歳
地方自治体、
保養所
客室の出入口に踏み台がなく、急い
だ原告が縁を踏み外して転倒踏み外し部屋と廊下の大き
な段差●● ●●設置・管理に瑕疵
国賠法第2条違反● ●一部認容
82万円40% 60%一審東京地裁H13年5月11日 :2001
平成12年(ワ)第9317号
28庁舎玄関前の
三段の階段
視覚障害者・
男・57歳国(合同庁舎)白杖なしの原告が点字ブロック、すべり止めシートのない階段で転倒踏み外し点字ブロックと白杖の欠如●● ●●設置・管理に瑕疵
国賠法第2条違反● ●一部認容
105万円70% 30%二審大阪地裁堺支部H16年12月22日
:2004 / 平成15年(ワ)第1596号
29溝切工事中の
駅の階段
通行人・女・
年齢不詳鉄道事業者階段の工事のために転倒したと主張した日には工事はなかった靴の踵の挟れ
階段段板の溝(陳
述に疑義) ━ ━瑕疵なし
法令違反なし● ●棄却0% 100%一審東京地裁H26年7月14日 :2014
平成25年(ワ)第14674号
30 JR駅駅舎の
屋外通路
通行人・男・
44歳
広域市町村圏
事務組合
原告がスニーカーで駅舎外の凍結した路面を歩き、滑って転倒すべり凍結路面とスニーカー━ ━瑕疵なし(設置管理)
法令違反なし●●棄却0% 100%一審山形地裁H28年7月19日:2016
平成26年(ワ)第287号
31
賃貸マンション
の共用階段の2
階踊り場
住人・男・
68歳独立行政法人
共用階段をサングラスをかけて箱を抱えて降り、踊り場の剥離した床に躓き転倒
つまずき
マンション2階踊り場のコンクリートが剥離した床
━ ● ●管理に瑕疵
民第717条違反● ●一部認容
37万円* 60% 40%一審東京地裁H25年6月3日:2013
平成23年(ワ)第17181号
32共同住宅の屋
外の犬走部
住人・男・
44歳建物管理会社住人が夜間に集合住宅の犬走部を歩行中、植木鉢に躓いて転倒つまずき犬走部に置かれた
植木鉢━ ● ●管理に瑕疵
民第709条違反●●一部認容
92万円60% 40%一審東京地裁H25年5月1日:2013
平成24年(ワ)第3732号
33アパートの屋
外、敷地内
住人・男・
年齢不詳アパートの家主置石に躓いて転倒負傷したとする原告の主張を医師が否定つまずき敷地内に置かれた
置石━ ━瑕疵なし
民第709条違反なし●●棄却0% 100%一審東京地裁 H25年4月22日:2013
平成24年(ワ)第26184号
34
共同住宅1階
共用部のEV入
口床面
住人・女・
68歳住宅管理組合1階着床直前、緊急停止したエレベータと床の段差につまずいたつまずきエレベータと床の段差━ ━瑕疵なし、旧施行令
第129条の違反なし● ●棄却0% 100%一審東京地裁H24年11月15日:2012
平成22年(ワ)第43192号
35病院1階の
防火扉
入院患者・女
・71歳病院子供が把手に触れて防火扉が閉まり始め、原告が扉に圧され転倒
外力
(押す力)
防火扉の動き、
設計ミス●● ●●設置・管理に瑕疵
民第717条違反━認容
2010万円100% 0%一審福島地裁会津若松支部H12年8月
31日:2000 / 平成10年(ワ)第135号
36介護施設の
排泄物処理場
入所者・女・
95歳介護施設施設の契約不履行で、入所者が排泄物処理場に汚物を捨てに行き、仕切り板につまずいて転倒
つまずき暗い排泄物処理場
の仕切り板━ ● ●設置・管理に瑕疵
民第717条違反━認容
537万円100% 0%一審福島地裁白川支部H15年6月3日
:2003 / 平成14年(ワ)第17号
37病院病棟5階ト
イレ前通路
タクシー運転
手・68歳・男病院5階トイレ前で転倒していた原告に
記憶なく、目撃者なく、概要不明不明原告に記憶がない━ ━瑕疵なし(設置管理)
法令違反なし● ●棄却0% 100%一審東京地裁H14年5月17日:2002
平成13年(ワ)第13363号
38病院1階会計
課前の通路
原告:死亡老
女相続人9名病院老女転倒事故の死亡後1年経過後
の訴訟、事故記録に不審な点なしつまずきパーティションロー
プ(推定)━ ━瑕疵なし(設置管理)
法令違反なし● ●棄却0% 100%一審東京地裁H24年11月20日:2012
平成23年(ワ)第12409号
※責任あり: ●、 責任なし: ━
道道路路施施設設※責任あり: ●、 責任なし: ━
※責任あり: ●、 責任なし: ━
※責任あり: ●、 責任なし:━
(注6) 転倒事故の責任 : 責任あり: ● 責任なし: ━
(注4) 法令「民」「国賠法 」 : 「民」は民法を、「国賠法」は国家賠償法を表わす。
※責任あり: ●、 責任なし: ━
(注5)一部認容*、 ** : 裁判の審理開始以前又は審理中に被告が原告に損害賠償金額を上回る治療費などを支払っていた場合、判決は棄却であっても実質は一部認容判決なので、このように表記した。
(注1) 転倒事故発生場所の施設類型 : 「商業施設(店舗、温浴、遊戯施設等)」「道路施設」「公共公益施設」「住宅施設」「医療介護施設」の5つに類型化した。
(注2) 転倒事故の転倒パターン : すべり、つまずき、踏み外し、外力(圧す力)など。
(注3) 転倒事故の起因物 : 転倒事故を引き起こしたもの、例えば、段差、窪み、床面の水、凍結した路面など。
(3) 公共公益施設の転倒事故の特徴
施設類型別の転倒事故の発生場所は、商業施設が4件(No.1,2,公共公益施設の転倒事故5件を転倒パターンで分けると、すべり
件、踏み外し2件、不明1件であった。た事案No.26では、遊びを強要した中学生及び親権者には民法第709る地方公共団体には国家賠償法2条1て、4568万円の賠償を命じる認容判決となった。
一方、保養所客室の出入口の床と通路との段差を踏み外した事No.27瑕疵と認定し、原告にも過失があったとして、82
る一部認容判決となった。
み外した事案No.28では点字ブロックやすべどの過失があったとして、105万円の賠償を命じる一部認容判決
った。
(4) 住宅施設の転倒事故の特徴
住宅施設での転倒事故は、つまずきによる4貸マンションの住人が2階の踊り場のコンクにつまずいた事案No.31では、施設の
グラスを掛け大きな箱を抱えていたとして、37一部認容判決となったまずいた事案No.32でも施設のあったとして、92万円の賠償を命じる一部認容判決となっ緊急停止したエレベータと床の段差につまずいた事案No.34に、建築基準法と旧施行令違反がないことを理由にいとして棄却判決となった事案もある。
特徴がある。その理由は、住宅専用部での転倒事故は通常害者(原告)と施設管理者(被告)
訴を受理しないからである。
(5)医療介護施設の転倒事故の特徴
医療介護施設の転倒事故4き2件、外力1件であった。
防火扉に押されて入院中の高齢女性患者が転倒した事案No.35では4,12)、医療介護施設が4件(No.35,36,37,38)あり、住宅施設は2(No.31,34)、公共公益施設は1件(No.27)、道路施設は皆無であった。
商業施設の4件中3件の転倒事故は施設管理者に瑕疵があったとされ、損害賠償請求の認容率が平均を上回った。そのうちの2
(No.1,4)は高齢者が床面の油汚れ、落ちていたアイスクリームにって転倒した事案で、施設管理者の責任を問われた事案であった。
医療介護施設での転倒事故4ち、入院患者が夜間に病院内のトイレの前で転倒した事案No.37来院して受診・精算後に歩いていて転倒した事案No.38は者である病院に管理責任はないとして棄却判決となったが、害のある入院患者が歩行中に防火扉に押されて転倒した事案No.36では施設管理者の責任が問われた。
高齢者の転倒事故11件の認容率は63%で、民事裁判例38容率55%と比べて若干高くなっていたが、表4に示すとおり、施設の認容率が75%と高かったことによる。
システムの設計不良の可能性もあり、原告の過失はなかったと事実認定して、2010万円の賠償を命じる容判決となった高齢の入所者が自ら排泄物処理場に捨てに行き、暗いの仕切り板につまずいて転倒した事案No.36 実認定して、537万円の賠償を命じる認容判決となった。
4.2 高齢者の転倒事故の特徴
高齢者による転倒事故の訴訟件数は、民事裁判例38件のうち11
(約30%)であった。その事故態様を見ると、11
事故であったが、うち1人は後遺障害等級3
杖を使っての歩行が可能で、残りの10人は健常高齢者であった。
表4 施設類型別の高齢者の転倒事故11件の特徴
施設類型
転倒事故の民事裁判例38件
高齢者の転倒事故の民事裁判例11件 計 認容率 認容 一部認容 棄却 計 認容率
商業施設 1件 2件 1件 4件 75% 18件 55%
道路施設 0件 0件 0件 0件 ― 7件 57%
公共公益施設 0件 1件 0件 1件 100% 5件 60%
住宅施設 0件 1件 1件 2件 50% 4件 50%
医療介護施設 2件 0件 2件 4件 50% 4件 50%
合計 3件 4件 4件 11件 63% 38件 55%
4.3 施設管理者の責任が問われた転倒事故の事案
(1)施設管理者の責任が問われる転倒事故原因の分類
施設管理者の責任が問われた転倒事故の原因は民法第717条(土地
の工作物等の占有者及び所有者の責任)に基づき、「施設の設置・管理
の瑕疵」、「施設の管理の瑕疵」のいずれかに分類できる。
施設の設置・管理の瑕疵は転倒事故の原因の調査中に施設の管理
の瑕疵とともに施設の設計・施工の設置の瑕疵が明らかになった事
案で、民事裁判例38件のうち9件あった。また、施設の管理の瑕疵
には施設の補修の放置、施設の清掃不備、不適切な施設運営(通路の
管理不備、介護施設の不適切管理)などの事案があり、民事裁判例38
件のうち12件あった。
(2)施設の設置・管理の瑕疵があった事案
施設の設置・管理の瑕疵があった事案は9件(No.2,7,8,10,21,26,
27,28,35)あった。事案No.2は自動ドアに安全装置がないこと、事案
No.7は仮設バリケードを突然に設置したこと、事案No.8はスロープ
の傾斜角度が法令違反、事案No.10は材料選定ミス、事案No.21は
施工不良、事案No.26,27は設計時の配慮不足、事案No.28は施工ミ
ス、事案No.35は防火扉の設計ミスがあったなどが判決文から判断
できる。
(3)施設の管理の瑕疵があった事案
施設管理者が転倒事故の責任を問われた「施設の管理の瑕疵」は12
件あり、施設の補修放置4件、清掃不備4件、不適切な施設運営4
1188
1189
があった。
①施設の補修放置の瑕疵
施設の補修放置の事案4件(No.19,20,22,31)は、いずれも施設管
理者が公的機関であり、事案No.19,20は歩道の鉄蓋、側溝蓋の劣化、
事案No.22はバス停の道路の窪み、事案No.31は賃貸マンションの
踊場のコンクリート剥離などの放置が転倒事故の原因とされた。
②施設の清掃不備の瑕疵
清掃不備の事案4件(No.1,3,4,5)のうち、事案No.1は通路の油汚
れの清掃の不備、事案No.3はコンビニ店の床の水拭きの不備、事案
No.4は通路に落ちたアイスクリーム、事案No.5日本酒を放置して転
倒事故が起きた。なお、事案2件(No.1,4)は高齢者の転倒事故であっ
た。
③不適切な施設運営の瑕疵
不適切な施設運営とされた事案4件(No.6,9,32,36)には共通する
瑕疵はなく、事案No.6は店舗入口の足拭きマットの外注管理の瑕疵、
事案No.9は来店客の場内管理の瑕疵、事案No.32は通路の管理の瑕
疵、事案No.36は介護施設の入所者との契約不履行などの瑕疵が原
因で施設管理者の責任を問われた事案であった。
5. 結論
本研究は、転倒事故の民事裁判例38件を収集、分析して、施設の
設置・管理の瑕疵により施設管理者の責任が問われた案件が過半数
を占めていたこと、そのうちの高齢者の転倒事故11件でも施設の設
置・管理の瑕疵により施設管理者の責任が問われた案件が過半数を
占めていたことを明らかにした。また、施設類型別の転倒事故の特徴
として、転倒事故の半数以上を占める商業施設では清掃の不備など
によるすべり事故が多く、道路施設では経年劣化などによる補修対
応の不備によるつまずき事故が多かったことを明らかにした。
このうち、高齢者の転倒事故は、その他の年齢層の事故と比べて認
容率がやや高い傾向が見られ、特に商業施設では清掃の不備による
転倒事故、医療介護施設では高齢者が一人になった時間帯の事故で
あった。このことは、高齢者の転倒事故防止のためには高齢者の筋力
強化トレーニングや注意喚起の実施だけでは不十分であることを示
している。
なお、住宅施設では共用空間におけるつまずき事故だけであった
が、東京消防庁などの救急搬送データで最も多い住宅専用部での転
倒事故は民事裁判の対象になりにくいことに留意する必要がある。
民事裁判例で施設管理者の責任が問われた事案は、施設の管理、す
なわち補修対応や清掃等の管理に瑕疵があった事案が過半を占めた
が、設計・施工にも瑕疵があった事案も決して少なくはなかった。
また、施設管理者の責任が問われた事案はすべての施設類型で見
られ、高齢者の転倒事故でも損害賠償請求が認められた事案も少な
くないことから、設計・施工段階から転倒防止について十分に留意す
る必要がある。
7)辻岡信也,本城勇介,吉田郁政:建設技術者が把握すべき民法上の責任概念に
関する一考察,土木学会第61回年次学術講演会, 1-519, pp.1035〜1036,
2006.9.
8)望月浩一郎:建物の構造・管理に起因する転倒・転落事故の紛争事例の動向,
日本転倒予防学会誌, Vol.1, pp.23〜29, 2014.6.
9)岡村輝久:病院における転倒・転落-事故の法的責任-, 国立医療学会誌「医
療」,Vol.60,No.1, pp.10〜11, 2006.1
[2020年2月4日原稿受理 2020年4月20日採用決定