転倒による労災事故に関する裁判例
東京高等裁判所・令和4年6月29日判決(安全配慮義務違反を肯定、過失40%)
本件は、居酒屋の調理担当者であるXが、勤務先であるY店舗の経営者Yに対して、安全配慮義務違反を理由に損害賠償を請求した事案です。
Xは、Y店舗の外階段(屋根がなく、当時雨で濡れていた)で転倒し、右前腕および右手などに負傷を負いました。
Xは、Y店舗の3階厨房で調理を担当しており、2階の冷蔵庫に保管された食材の搬出入やゴミ出しの際に外階段を使用していました。Xは、Y店舗備え付けのサンダルを履いて3階から2階に降りる際に転倒しました。なお、Xは事故当時、他店舗からの異動直後(4日目)でした。
Xの請求に対して、裁判所は以下のとおり述べて、Yの安全配慮義務違反を認めました。
本件事故時において、調理担当従業員が、降雨の影響によって滑りやすくなった本件階段を、裏面が摩耗したサンダルを履いて降りる場合には、本件階段は、調理担当従業員が安全に使用することができる性状を客観的に欠いた状態にあったものというべきである。それにもかかわらず、被控訴人は、調理担当従業員に、降雨の影響を受ける本件階段を、その職場の一部として昇降させるとともに、裏面が摩耗した本件サンダルを使わせていたものである。しかるところ、雨で濡れた階段を裏面が摩耗したサンダルで降りる場合には、滑って転倒しやすいことは容易に認識し得ることである上、本件事故が発生する以前に、本件店舗の現場責任者(G店長)も、調理担当従業員であるDが本件階段で転倒した直後に現場を見て、同人が転倒した事実を把握していたというのであるから、被控訴人は、上記の場合において、業務中の調理担当従業員が、本件階段で足を滑らせて転倒するなどの危険が生ずる可能性があることを、客観的に予見し得たものというほかない。そして、被控訴人において、そのような危険が現実化することを回避すべく、本件事故発生以前において、本件階段に滑り止めの加工をしたり、降雨の際は滑りやすい旨注意を促したり、裏面が摩耗していないサンダルを用意したりするなど、控訴人を含む調理担当従業員が、本件階段を安全に使用することができるよう配慮する措置を講ずることは、被控訴人自身が、本件事故発生以後においてではあるが、実際に行った措置であることに照らしても、十分可能であったというべきである。
ウ そうである以上、被控訴人は、本件事故時において、上記のような危険が現実化することを回避すべく、上記のとおり、調理担当従業員に対して本件階段の使用について注意を促したり、本件階段に滑り止めの加工をしたりするなどの措置を講じ、控訴人を含む調理担当従業員が、本件階段を安全に使用することができるよう配慮すべき義務を負っていたものと解するのが相当であるところ、被控訴人において、本件事故時、上記の義務を履行するために、何らかの安全対策を採っていたことを認めるに足りる証拠はないから、被控訴人は、控訴人に対する安全配慮義務に違反したものといわざるを得ない。そして、本件階段への滑り止めの加工等の措置の性質・内容に、被控訴人が、本件事故後上記のような安全対策を施した後は、本件階段で足を滑らせて転倒した調理担当従業員が存することが本件証拠上うかがわれないことも併せ考慮すれば、被控訴人が上記義務を尽くすべく安全対策を採っていれば、本件事故の発生を防止することができたことが認められる。そうすると、被控訴人は、上記安全配慮義務違反によって、控訴人をして、本件階段で足を滑らせて転倒させ、その右手、腰部等に本件傷害を負わせたものというほかない。
エ 以上によれば、被控訴人は、控訴人に対し、上記安全配慮義務に違反したことによる損害賠償義務を負担するものというべきである。
Yは、本件事故時、Xは自らの足元を十分に注意して見て足を運ぶという注意を怠っており、本件事故の直接の原因は、Xにある旨主張していましたが、裁判所は「控訴人において、本件事故時、上記注意を怠っていたことを前提としても、これを、過失相殺を基礎付ける事情として考慮することはともかく、控訴人が上記注意を怠ったことから当然に、被控訴人の安全配慮義務違反が否定されるものではない。」と判断しました。
つまり、裁判所は安全配慮義務違反の有無を判断するに際しては、X氏の主観的行為(階段を降りる際に、階段の状態をよく認識して足元に注意して降りること)を考慮しませんでした。
ただし、このXの不注意については、以下のとおり述べて、4割の過失相殺を認めていることに注意が必要です。
本件階段は、本件事故当時、照明が点灯し、雨が降った後であることが分かる状況であったと認められるところ、控訴人は、本件階段が雨に濡れていることに特段の注意をせずに階段を降り始めて、2、3段目のところで足を滑らせて転倒し(本件事故)、同転倒後、控訴人が着ていた白衣が濡れていたことから、本件階段が雨で濡れていたことに初めて気付いたものであることが認められる。また、本件事故当時、控訴人が、被控訴人の業務の必要上、急いで本件階段を降りなければならなかったような事情をうかがわせる証拠はないし、大量の食材等を抱えていたという事情等も認められない。
そうすると、前記説示のとおり、被控訴人による安全配慮義務違反が認められるとしても、控訴人において、本件階段が雨に濡れた状態であることに注意を払わず、漫然と本件階段を降りたことが、本件事故の発生に相当程度寄与したものであるとの評価を免れず、その態様を含め、本件に顕れた諸般の事情に照らすと、本件事故の発生に係る控訴人の過失割合は、4割とみるのが相当である。
(3)控訴人は、足元が暗いために床面が濡れていることが分からなかったものであり、安全教育もなく照明も不十分であったことから、このことを控訴人の落ち度として過失相殺すべきでない旨主張する。
しかし、前記説示のとおり、本件事故当時、本件階段において、雨が降ったことが分かる程度の照明は点灯されており、控訴人において、注意を払えば本件階段が雨に濡れていること自体は容易に認識することができたと認められ、また、夜間に本件階段を降りるときには、控訴人において注意を払って足を運ぶべきであること自体は否定されないというべきであるから、控訴人の上記主張は採用することができない。