浴室でのすべり評価方法に関する基本的考え方

浴室でのすべり評価方法に関する基本的考え方
○永田久雄,渡辺仁史,林田和人(早稲田大学理工学術院),井上之彦(㈱アベイラス)
Fundamental concept for an evaluating method for slips in bathing room
Hisao NAGATA, Hitoshi WATANABE, Kazuo HAYASHIDA
(Faculty of Science & Engineering, Waseda University),
Yukihiko INOUE (Availvs Corp.)
1.研究の背景
前報1)では足の急加速滑り現象を高い精度で測定しその分析結果について報告した。本報ではこの危険な滑りの評価方法の基本について論じる。
安全靴の動摩擦係数の測定法に関する国際規格2)が2006年に制定され,この方法に基づいた試験法が国内規格3)にも取り入れられた。今後は,滑り転倒事故が多く報告されていることから,床面の滑り測定法についても国際的な標準化が望まれる。
しかしながら,ランプテスト法4)5)を除いて,だに国際的に認知された滑り試験機が見あたらないのが現状である。そこで,本報では,床材が潜在的に有する転倒を引き起こす確率(以下,転倒リスクとする)に基づく床面の滑り評価方法を提案する。日本国内の建築分野で幅広く使用されている,「滑る-滑らない」,「適-不適」,「安全-危険」に関する被験者の官能評価結果に基づいた,斜め上方引張り方式の滑り試験法による評価方法とは根本的に異なるものである。
2.床面の滑り評価と安全の基本
一般に転倒リスクが非常に低い場合であっても,転倒事故が発生しないことを保証できものではない。そのため,どこから「安全」とするかは,研究者や被験者の意見で決定するのでなく,行政側,設計者,管理者側が諸状況を総合的に判断して決定するといった考え方を取る。
事故防止の観点から,浴室床の滑り転倒リスクの評価は,想定される最悪の状態で行った。予備実験からK社製のボデイソープが最も滑ることが判明した。ランプテストを行い,ポリビニールアルコール(PVA)25wt%溶液が当該品と同等の滑りを示したことから,実験では,この同等成分を介在物とした。希釈液でなく,原液を使用したのは,最悪の床面状態を想定したことによる。また,希釈液では,実験中に表面から水分が蒸発したりして表面状態が安定しない。
「滑り」の評価は,転倒死傷事故が多発している65歳以上の高齢者を対象とした。但し,介護や歩行補助具を日常生活で要しない自立歩行の可能な健常な高齢生活者を対象とした。その他に,足の左右差に関する予備実験6)では歩行特性に有意差が見いだせないため,踏みだし足については被験者にまかせて歩行実験を行った。
○床面と摩擦係数:広く流通している浴室用床材5種類と,平滑な床材と粗い表面の床材を加えて表1の7種を使用した。床表面の滑り特性は,ランプテスト法から求めた。この方法では,一定リズムで足踏みする被験者の床面を段階的に傾けて,滑りで立位姿勢を保持できなくなる限界の摩擦角θを求める方法による。高齢者は音のリズムに歩調を合わせることが難しいために,自由に足踏みさせた。被験者は,男子25名,(平均69.8歳),
女子35名,(平均68.4歳)である。
○床面と転倒リスク:歩行中の滑りにより立位バランスを失い明らかに転倒する状態となった高齢被験者群の割合(%)によって滑り転倒リスクを表した。浴室での滑り事故が多いのは,脱衣場から浴室に入る時と,浴槽の出入りである7)。浴室床材の評価を主たるの目標としていることから,脱衣場から浴室に一歩踏み出す状況を想定した。
被験者には転倒防止用の吊り下げ装具を着用させた実験を行った。その歩行モードには,「ゆっくり」,「すり足」,「直角曲がり」,「立ち止まり」の4種の歩行パターンについて行い,そのうち最も転倒する確率の高い歩行での転倒リスクを基準にした。試行は各1回とした。被験者は,男子28名(平均69.5歳),女子42名(平均68.4歳)である。
3.実験及び結果
摩擦係数:図1に示すランプテスト法による評価結果は,床面を傾斜させるため,水平面とは接地面や接地圧が異なってくるので厳密には正確とは言えない。しかし,おおよその滑り度合いを簡便に知ることができる。表1に,実験で得られたランプテスト法による測定結果の平均値を示す。

転倒リスク:最も高い転倒率を示したのは「直角曲がり踏み出し」歩行である。よって,この歩行時の転倒リスクを各床材に潜在する転倒リスク値とした。市販のFRP製のユニットバスの床材の転倒リスク値は,それぞれE-42.9%,D-70%,となっている。市販のせっ器質タイルでは,C82.9%,B-92.9%と非常に高い転倒リスクを示す。
転倒リスクとランプテスト結果との対応関係を図2に示した。図中のプロット点が実測値であるが,床材Cのみが,特有の緩やかな波形のデザインとなっている。床材Cが全体的な傾向からやや外れる理由として,歩行面を傾斜させるとその緩やかな波形くぼみが,水平または下り傾斜のみとなるために抵抗が減じ,ランプテストの結果が低くなるものと推察された。他の床材は,全体的な傾向から外れておらず,一般的な床材表面形状,つまり,大きな溝や平滑面に微細な凹凸がある場合には,傾斜による影響を受けないと推察された。
そこで,床材Cの数値を除いて,データをロジステイック回帰モデルに当てはめた。床材Cを除き,図2に示すようにランプテストによる実測値と転倒リスクとの対応がきれいにとれている。
4. まとめ
被験者実験で,実際に滑りを発生させて,立位姿勢保持の限界状況を観察し,転倒率を求めて転倒リスクとする客観的な考え方を提案した。本法により,床材の滑り転倒リスク評価が可能である。また,欧州で広く用いられているランプテスト法による摩擦係数値は,転倒リスクと対応がとれており,床材の滑り転倒リスク評価を行う上で簡便
な評価指標となりうるものである。
しかしながら,評価実験の都度,大勢の被験者を募ることは現実的とは言えない。よって,転倒リスクの基本的な考え方を基にして,被験者を用いないで転倒リスクの指標を得る新たな床材の滑り測定法を今後提案する予定である。
本研究は,国土交通省住宅局の平成20年度住宅・建築関連先導技術開発助成事業の助成金による「滑り・つまずき転倒防止床材に関する技術開発」研究の一部として実施した。
参考文献
1) 永田,井上,渡辺,「浴室などでの滑り転倒に関する基礎的
図1 ランプテスト法
表1 ランプテスト結果
図2 摩擦係数と転倒リスク
な研究 -高齢者について」,人間工学会第49回大会講演
集,206-207, 2008.
2) ISO:Personal Protective Equipment — Footwear — Test
Method for Slip Resistance, ISO 13287:2006
3) 日本規格協会,安全靴,JIS T 8101:2006, 2006.
4) DIN51097;1992, Testing of Floor Covering; Determination of
the Anti-Slip Properties; Wet-Loaded Barefoot Areas; Walking
Method; Ramp Test, German National Standard,1992.
5) DIN51130;1992:Testing of Floor Coverings, Determination of
the Anti-Slip Properties – Workrooms and Field of Activities with
Slip Danger, Walking Methods – Ramp Test, German National
Standard,1992.
6) 永田,井上,渡辺,林田,「足の左右優位性による滑り床面
での恐怖感及び滑り特性の違い」, 日本人間工学会関東支
部研究会第38回大会講演集,133-134, 2008.
7) 都市生活研究所,「浴室での転倒事故―転ばぬ先の配慮」,
都市生活リポート, No.39, 1997年3月.