病院内での転倒事故に賠償命令

「工作物責任あり」と施設運営者の責任認める、東京地裁

柴田 亮子  弁護士      2022.05.12
 

施設内で足が滑って転んだ──。もしそれが「床材が原因」となれば、施設管理者のほか、設計・施工者にも責任が及ぶ可能性がある。病院内で起こった転倒事故を巡る裁判例から、責任の構図を解説する。(日経アーキテクチュア)

健康診断を受けるために向かった病院で転倒、左上腕部を骨折した女性が病院を訴えた。この病院の健康診断会場は、建物の屋上にいったん出て、簡易な屋根が架かった開放通路を通らなければ入れない位置に配置されていた。女性は転倒事故について「床材が滑りにくい材質ではなかった」などと病院側に責任追及した
健康診断を受けるために向かった病院で転倒、左上腕部を骨折した女性が病院を訴えた。この病院の健康診断会場は、建物の屋上にいったん出て、簡易な屋根が架かった開放通路を通らなければ入れない位置に配置されていた。女性は転倒事故について「床材が滑りにくい材質ではなかった」などと病院側に責任追及した
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 今回取り上げるのは、東京都足立区にある私立病院の建物で起こった転倒事故を巡る裁判だ。

 原告となったのは事故の被害者で、当時50代後半の女性。事故があった日、女性は健康診断のためにこの病院を訪れていた。

 女性は1階受付で「エレベーターで健康診断会場のある4階に上がってほしい」と案内を受けた。だが病院にはエレベーターが1基しかなく、移動に時間がかかりそうだったので、女性は屋内階段を使って4階へ向かうことにした。

 この建物の4階は一部が屋上空間となっていて、階段から健康診断会場である診察室へ向かうには、簡易な屋根が架かっただけの開放通路を通る必要があった〔図1〕。

〔図1〕転倒事故が起こった通路
〔図1〕転倒事故が起こった通路
転倒事故が起こった病院4階の平面図。4階は一部が屋上部分となっていて、屋内階段経由で健康診断会場へ向かう場合は開放通路を通る必要があった(資料:判決文の添付資料を基に日経アーキテクチュアが作成)

 女性は階段を上りきったところで健康診断会場が見当たらなかったことから、3階に戻った。そこで、病院職員に声を掛けられ、案内されて、職員と一緒に4階屋上の開放通路を通って健康診断会場へ向かった。

 女性は診察室近くの更衣室で簡易スリッパに履き替え、3階でレントゲン撮影を受けた。撮影後、また4階に戻る必要があったが、エレベーターがなかなか来ず、女性は再び階段で4階の健康診断会場へ向かった。そして開放通路を通過しようとして水たまりに足を滑らせて転倒した。

 女性は左上腕骨頚(けい)部を骨折、病院は女性に手術と入院治療を施した。退院から約1年半後の2020年、症状が落ち着いた女性は、病院を相手取り、慰謝料や後遺障害逸失利益など約1850万円を請求して東京地方裁判所へ提訴した。病院は治療費などを求めて反訴した〔図2〕。

〔図2〕転倒事故後に240日以上の入通院
〔図2〕転倒事故後に240日以上の入通院
事件の概要。原告の女性は骨折の治療後に病院を訴えた。原告は転倒事故後、35日の入院と208日の通院を余儀なくされたと主張した(資料:判決文を基に日経アーキテクチュアが作成)