商業施設・店舗の中での滑り転倒事故の判例

裁判所の判断は・・・

 

主    

1 控訴人の控訴に基づき,原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

2 前項の部分に係る被控訴人の請求を棄却する。

3 被控訴人の附帯控訴を棄却する。

4 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

事 実 及 び 理

 第1 控訴及び附帯控訴の趣旨

 1 控訴の趣旨

主文第1項,第2項及び第4項と同旨

 2 附帯控訴の趣旨

(1) 原判決を次のとおり変更する。

(2) 控訴人は,被控訴人に対し,122万8106円及びこれに対する平成3 0年4月12日から

   支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(3) 訴訟費用は,第1,2審とも控訴人の負担とする。

(4) 仮執行宣言

 第2 事案の概要

(以下,別途定めるほかは,原判決の略称をそのまま用いる。)

 1. 本件は,被控訴人が,控訴人の経営するスーパーマーケット内で買物をした 際,同店舗内レジ前

  通路で転倒して負傷したこと(本件事故)について,控訴人に対し,安全配慮義務違反の不法行為

  若しくは債務不履行による損害賠償請 求権又は土地工作物責任による損害賠償請求権に基づき,

  141万6389円  及びこれに対する本件事故日である平成30年4月12日から支払済みまで

  平 成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害 金の支払を求める

  事案である。

   原審は,被控訴人の請求のうち,控訴人に対し,不法行為による損害賠償請 5 求権に基づき,57万

  8512円及びこれに対する上記遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余を棄却したとこ

  ろ,控訴人が同請求を認容した部分 を不服として控訴をし,被控訴人が同請求を棄却した部分を不

  服として附帯控 訴をした(なお,被控訴人は,当審において,請求額のうち元金部分を122 万8

  106円に減縮した)。

 

2. 前提事実,争点及び当事者の主張は,次のとおり補正するほかは,原判決「事 実及び理由」の「第2

   事案の概要」の1及び2(原判決2頁7行目から7頁 5行目まで)のとおりであるから,これを引用

   する。

 

原判決5頁6行目の「これにより,」から同頁7行目末尾までを「これに より,以下のとおり合計11

8万1080円の損害を被ったものであり,同 15 額から既払金6万4620円を控除した上で,その1

割に相当する弁護士費 用11万1646円を加算すると,控訴人が賠償すべき損害額は122万8 10

6円となる。」に改める。

原判決5頁8行目の「治療費 10万8330円」を「治療費 11万4 650円」に,同頁9行目の

「1万5150円及び被告既払額」を「7万9 20 770円」に,同頁17行目の「通院慰謝料 105

万円」を「通院慰謝料 100万円」にそれぞれ改め,同頁18行目冒頭から同頁20行目末尾までを削

除し,同頁21行目の「オ」を「エ」に改め,同頁24行目冒頭から 同頁25行目末尾までを削除す

る。

原判決6頁12行目冒頭から同頁14行目末尾までを削除し,同頁15行 25 目の「オ」を「エ」に,

同頁18行目の「カ」を「オ」に,同頁20行目の 「キ」を「カ」にそれぞれ改める。

 第3 当裁判所の判断

1. 当裁判所は,被控訴人の本件請求は理由がないものと判断する。その理由は, 次のとおりである。

認定事実 5 争点に対する判断に当たり認定した事実は,次のとおり補正するほかは, 原判決「事実及び

理由」の「第3 争点に対する判断」の1(原判決7頁7 行目から9頁10行目まで)に記載のとおりで

あるから,これを引用する。

ア.  原判決8頁15行目から同頁16行目までの「レジ台の前には利用客が 並んでいたが,」を「当日

  は平日であって,本件事故が発生した時刻は, 10 仕事帰りの買物客などで本件店舗が混雑する時間

  帯にあり,本件事故発生 時もレジ台の前には会計待ちの利用客が並んでいたが,」に改めるととも

  に,同頁19行目の「(甲24,原告本人)」を「(甲24,乙8,証人 A,原告本人)」に改め

  る。

 

イ . 原判決9頁9行目から同頁10行目までの「記載されている。」を「記載されている一方,買物中に

  注意すべき点として,鮮魚コーナー,冷凍ケース,製氷機等の周辺の床では,濡れている場合や氷が

  落ちたりしている 場合があり,滑りやすくなっていること,惣菜コーナーの前の床は,調理 の油で

  汚れ滑りやすくなっていること,青果コーナーでは,野菜くずなど が床に落ちている場合があり,

  踏みつけたりするときに滑ることがあること等が記載されており,その末尾に添付されている図面に

  は,転倒事故が発生しやすい場所として,これらの場所や雨天の店舗入口等が挙げられて いるが,

  レジ付近の通路は転倒事故が発生しやすい場所として挙げられて いない。」に改める。

争点1

(本件事故の発生につき控訴人に不法行為責任若しくは債務不履行 25 責任又は土地工作物責任が成立

 するか)について

ア.  被控訴人の主張は,前記のとおり,控訴人は,本件店舗において,天ぷ らのように油を使用し,踏

  めば滑って転倒することが容易に予想される商 品を扱っており,それが床に落ちることも十分に予

  見可能なのであるから, 顧客に対し,信義則に基づく安全配慮義務として,このような商品が通路

  に放置されないよう配慮すべき義務を負っているところ,これを怠り,本 件天ぷらが通路上に放置

  されたことにより本件事故が発生したのであるか ら,被控訴人に対し,安全配慮義務違反債務不

  履行責任又は不法行為責任を負うとともに,本件天ぷらが落ちていて床が滑りやすい状態にあった

  のを放置して本件事故を惹起したのであるから,被控訴人に対し,土地工 作物責任を負うというも

  のであり,要するに,控訴人が顧客に対する安全 配慮義務に違反して,本件天ぷらを本件事故現場

  付近(本件店舗内レジ前 通路上)に放置したといえるかが争点である。

 

 イ. ところで,本件天ぷらがレジ前通路に落ちた状況及びこれが放置された 状況については,これを現

  認した者がおらず,不明であるが,本件事故現 場は会計前の商品を持った利用客が通るレジ前通路

  であること,本件店舗 の従業員が同現場付近に本件天ぷらを落とすことは通常考えられないこと か

  ら,本件天ぷらを落としたのは,本件店舗の従業員ではなく利用客であると認められる。また,同現

  場は,利用客からは見通しのよい場所である こと,本件天ぷらは,縦横それぞれ13cm,10c

  m程度と比較的大き く,利用客が目視するだけでなく,足に触れたり,カートに当たったりする等

  して発見しやすい物であることが認められるが,利用客からレジ内の 従業員等に落下物があるとの

  申告,苦情等はなかったことからすると,本 件天ぷらは,本件事故に近接する時点に落ちたもので

  ある可能性が高く, 少なくとも長時間放置されていたものとは認められない。 よって,争点として

  は,利用客が本件事故現場(レジ前通路)付近に落 とした本件天ぷらを短時間放置させたことが控

  訴人の安全配慮義務違反と いえるかという点に集約される。

 

ウ. そこで検討するに,前記認定のとおり,消費者庁が店舗内の転倒事故に 関して発出した文書(乙7)

  によると,店舗内の床滑りによる転倒事故は, 雨天時や水を使う場所の床濡れによるものが大半を

  占めており,落下物が 原因となる場合も,青果物売場において野菜くず等を踏みつけたときに滑る

  ことが想定されているものの,レジ付近の通路は落下物による転倒事故 が発生しやすい場所として

  は挙げられていない。これは,青果物売場においては,野菜くず等の落下物が比較的多いことに加

  え,利用客も商品を選 別するのに注意が集中し,足下の注意が疎かになりやすいことによるもの で

  あると考えられるのに対し,レジ付近の通路においては,この両方の要 因とも想定し難いからであ

  ると考えられるのであって,合理的な区別であると認められる。前記認定の本件店舗におけるかぼち

  ゃの天ぷら等の惣菜 の販売方法からすれば,惣菜売場においても,青果物売場と同様に落下物 が比

  較的に多くなる可能性はあるが,これは飽くまでも売場付近での話で あり,レジ付近の通路とは区

  別して考える必要がある。本件店舗の店長であった証人Aの証言及び陳述書(乙8)によっても,同

  人の知る限り,これまで他の店舗も含めレジ付近で落下物による転倒事故が発生したことは なかっ

  たことが認められる。

 

   他方,レジ前通路を通行する利用客からは同通路は見通しがよく(乙1 の別紙店舗図面),同通路

  上に商品等の落下物があったとしても目に付き やすく,店舗内が混み合っている時間帯でも足下の

  落下物を回避すること は特に困難なことではないと認められる。

 

  これらを総合すると,レジ内の従業員にとって,レジ前通路の床は,レ ジ台等の死角となるため視

  認することができない部分があり(乙1写真 ⑦),仮にその視認可能な範囲に落下物があったとし

  ても,店舗内が混み合う時間帯には,レジ台の前に会計待ちの利用客が並んでおり,レジ内の 従業

  員がレジ打ちの作業に従事しながら当該落下物を速やかに発見してこれを取り除くことは困難であっ

  たこと,レジ付近の売場における品出し 等の作業は,店舗内が混み合う時間帯は利用客の妨げとな

  るため通常行われておらず,その担当の従業員もレジ付近にはいなかったことが認められ る(乙

  8,証人A)ものの,レジ前通路に本件天ぷらのような商品を利用客が落とすことは通常想定し難い

  こと等から,控訴人において,顧客に対 する安全配慮義務として,あらかじめレジ前通路付近にお

  いて落下物によ る転倒事故が生じる危険性を想定して,従業員においてレジ前通路の状況 を目視に

  より確認させたり,従業員を巡回させたりするなどの安全確認の ための特段の措置を講じるべき法

  的義務があったとは認められない。

 

エ. したがって,利用客が本件事故現場(レジ前通路)付近に落とした本件 天ぷらを短時間放置させたこ

   とにつき,控訴人において安全配慮義務違反 があったということはできず,被控訴人に対して不法行

     為責任又は債務不 履責任を負うものではないと解するのが相当である。 オ また,同様に,本件店舗

     の設置,管理に瑕疵があることによって本件事故が発生したと認めることはできないのであり,控訴

     人において被控訴人 に対して土地工作物責任を負うものではないと解するのが相当である。よって,

     被控訴人の本件請求は,その余の点について判断するまでもなく理 由がないから,全部棄却すべきと

     ころ,これと異なり同請求を一部認容した原 判決は失当であり,控訴人の本件控訴は理由があるか

     ら,これに基づき原判決中控訴人の敗訴部分を取り消した上,同部分に係る被控訴人の請求を棄却

     し, 被控訴人の本件附帯控訴は,理由がないから棄却することとし,主文のとおり 判決する。

 

 

  東京高等裁判所第12民事部

  裁判官 平 田 豊

  裁判官 中 久 保 朱 美

  裁判官 井 出 弘 隆