施設側の責任を否定した裁判例
東京地判平成26年1月16日判例集未搭載
ア 事案の概要
当時50歳代の女性が、浴場施設を利用していたところ(なおこの女性は月1回程度のペースで通い、10回以上利用していたようです。)、外湯の源泉岩風呂から出ようとして階段に足をかけた際に滑って転倒したというものです。
女性側は、転倒事故の発生について、施設側に土地工作物責任及び安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求をしました。
イ 判旨(抜粋)
(ア)土地工作物責任について
「たしかに、本件浴場の泉質はややph値が高いが、本件階段部分の床は、表面が凸凹した美濃石を乱貼りにしてあり、温泉場の防滑対策としては一般的な仕様であるものと認められ、転倒防止のための手すりが片側に付いていた。」「本件階段部分は、手すりの根本が、源泉岩風呂の腰をかける円状の座面部分から設置されているために、入浴客が手すり根本の周囲に腰をかけ、通行が妨げられることもあると思われ、また本件階段の幅からして、入る客と出る客が同時に階段を通行することも想定され、本件階段部分には、両側に手すりを設置することが望ましいと考えるが、源泉岩風呂の大きさから、同時に入浴できる客の数はそう多くはないと思われることも踏まえると、本件階段の片側のみに手すりを設置したことが、設置の瑕疵にあたるとまではいい難い。」「そして、本件階段床部分の石が、開業からの期間経過により、温泉施設の床として通常備えているべき安全性を欠くに至ったと認めるに足る証拠はなく、本件浴場は、毎日清掃が実施されていて、本件階段部分に保存の瑕疵があったということもできない。」
「以上により、土地工作物責任に関する原告の主張には理由がない。」
(イ)安全配慮義務について
「浴場の利用者は床を素足で歩くのであり、本件浴場は、内湯、外湯に他種類の風呂が設置され、浴場内の客の移動が予定されているから、移動に伴う客の転倒防止等への配慮が求められるところであり、被告には、浴場の利用者に対する信義則上の義務として、利用者が本件階段部分において滑って転倒しないように配慮すべき義務があったというべきである。ただし、温泉施設の床が滑りやすいことは一般的に認識されていることであるから、上記義務は利用者が一定の注意を払うことを前提としたものと理解すべきと考えられる。」「これを本件についてみるに、本件浴場における転倒防止への注意喚起は、入浴する客が必ず通る動線上の脱衣場入り口の暖簾をくぐった正面ロッカー壁面及び多数の者が目にすると思われる浴場内のかけ湯の壁面に掲示され、本件階段床の防滑状況は前記のとおりであり、源泉岩風呂からかけ流された湯は、本件階段部分ではなく、隣接する岩風呂に流されていたので、本件階段部分は、入浴客の出入り等で濡れることはあっても、常時水が溜まる状況だったとまでは認められず、また、原告は浴槽から上がるところであったので、体全体及び足の裏が濡れていたものと推認され、足元が滑りやすくなっていたから、原告において、手すりのある側を通るように一定の注意を払うことも期待されるところ、これが困難であった事情はうかがえず、原告の供述からすると、本件事故発生時に原告が本件階段の手すり自体にあまり注意を向けていなかったことは否定しがたい。」
「原告の転倒自体については、被告がした上記の安全対策をして、安全配慮義務違反があるとは認められない。」