介護事故で損害賠償請求をされた場合の対応と、事前にできることとは?

 特別養護老人ホームなどの介護施設の現場では、日常的に「ヒヤリハット事例」が起こっているものです。介護職員がどれだけ注意していても、介護事故を完璧に避けることは困難でしょう。
しかし、介護事故が起きてしまうと、介護サービス事業者は、利用者やご家族から損害賠償請求される可能性もあります。そのようなとき、介護サービス事業者は、どのように対応していくべきでしょうか。
 本コラムでは、実際の損害賠償請求の裁判例も交えつつ、介護事故が起こったときに、介護サービス事業者がどのような対応をとるべきか、必要な対処方法を弁護士が解説します。

1、どのような介護事故、トラブルが起こりうるか

 介護の現場では、どのような介護事故が起こっているのでしょうか? 「介護サービスの利用に係る事故の防止に関する調査研究事業報告書」(公益財団法人 介護労働安定センター)によると、サービス別に、次のような特徴があることがわかります。

 

  1. (1)訪問サービスにおける事故事例

     訪問サービスでは、訪問先での物の破損や紛失にともなう事故が多く発生しています。他には、利用者が骨折などのけがをする事例もありますし、食事中の誤嚥や誤飲の事故も発生します。

  2. (2)通所サービスにおける事故事例

     通所サービスでは、利用者がけがをする事故が多数です。中でも、転倒・転落による介護事故が多く、けがの内容としてはやはり骨折が多数です。

  3. (3)入所サービスにおける事故事例

     入所サービスのケースでも、入所者がけがをする事故が多数です。特に多いのは、入浴介助中やベッドから下りる際などに起こる転倒・転落・滑落事故です。また、紛失や破損事故も頻繁に起こっています。

  4. (4)居宅介護支援サービスにおける事故事例

     居宅介護支援サービスにおいては、「ケアプラン間違い」によるトラブルが多く発生しています。具体的には、以下のような事例があります。

    • ケアプランの作成ミス(リハビリ回数制限や住所の間違い、給付制限等)
    • ケアプラン時間単位の間違い
    • ケア認定期間の間違い
    • 介護レベルの判断ギャップ
    • 福祉用具・福祉機器の申請についてのミス
    • ケアプランの申請を忘れる
  5. (5)財物の紛失、破損について

     訪問サービスや入所サービスにおいて、利用者の物が盗まれたり、壊されたりする介護事故が多々あります。そのようなとき、必ずしも介護職員が起こした事故とは限らず、介護担当者が物を盗んでいなくても、「無くなった」と言われて職員が疑われるケースもあるので注意が必要です。

2、介護事故が起きてしまったとき、介護サービス事業者が行わなければならないこと

介護事業所で、介護事故が起こってしまったら、以下のように対応を進めましょう。

 

  1. (1)応急処置、警察への報告

     利用者がけがをした場合などには、あせらずに、すぐに応急処置をした上で、必要に応じて病院に運びましょう。
     職員に過失がある場合、「業務上過失致死傷」となる可能性があるので、警察に通報すべき状況もありえます。

  2. (2)自治体への報告

     介護事故が起こったら、介護サービス事業者は、市町村へ報告しなければなりません。

     介護事故に関する報告書を作成して、自治体の介護保険課などに届け出ましょう。報告が必要なのは、以下のような介護事故です。

    • 利用者のけが、死亡事故
    • 感染症、食中毒、結核、疥癬(かいせん)が発生した場合
    • 職員の法令違反や不祥事
    • 災害を原因とする重大事故
    • その他、各自治体等が報告を要すると定めるもの

    居宅サービスの場合には、居宅介護支援事業所への届け出も必要です。

  3. (3)ご家族への謝罪と報告

     介護事故が起こったときには、利用者のご家族への報告も必須です。「まだ調査ができていないから」などと考えて、情報提供を遅らせると、何か後ろめたいことを隠しているのではないかと余計な不信感を与えてしまうので、なるべく早めに一報を入れることが重要です。
     また、事業者側に非があるかどうかは別として、サービス提供中に介護事故が起こったのですから、ご心配をかけたことについて謝罪し、事業者側の誠意を示すことも大切です。初動の対応により、後に利用者側が強硬に損害賠償請求する姿勢を見せるかどうか変わってくるケースは多々あります。
    詳しい調査は後にしても、誠実かつ丁寧に接する姿勢を見せることが何より大切です。

  4. (4)事故現場の保全や記録が重要

     介護事故が起こったら、現場状況の保全や記録が非常に重要です。後に、「介護事業所に責任がある事例かどうか」が問題になるからです。事故が発生した現場の写真、利用者へ提供されていたケアプランなどの資料を保全し、実際に介助していた職員から聞き取り調査などを進めましょう。

3、介護事故で損害賠償が認められた裁判例

以下では、介護事故で損害賠償が認められた事例をいくつかご紹介します。

 

  1. (1)転倒や骨折の事故で、損害賠償請求が認められた裁判例

    • グループホームに入居していた利用者が、ベッドから転落して左大腿(だいたい)骨転子部骨折した事例です。利用者側は3447万4241円を請求し、602万8641円が認められました。(大阪地裁・平成19年11月7日)
    • デイサービスを利用していた方が入浴時に、転倒・骨折した事例です。請求額は1478万7050円でしたが、認容額は832万4698円となりました。(青森地裁・平成24年12月5日)
  2. (2)誤嚥(ごえん)の事故で、損害賠償請求が認められた裁判例

    • 老健施設において、入居者が刺し身を誤嚥(ごえん)して窒息死した事例です。請求額は4638万3576円であったところ、損害賠償金額としては2938万908円が認容されました。(水戸地裁・平成23年6月16日)
    • ショートステイで、利用者がとろみのついた食べ物を誤嚥(ごえん)して窒息死した事例です。請求額は3945万5594円であったところ、損害賠償金額として2640万円が認容されました。(京都地裁・平成25年4月25日)

4、損害賠償請求されたときの対応方法

 介護事業所内で、利用者がけがをしたり、死亡したりして、損害賠償請求をされたら、事業者側は、どのように対応すれば良いのでしょうか?

 

  1. (1)通常は示談交渉から始まる

    介護事故が起こって、利用者本人やご家族から損害賠償請求をされたとき、通常は、示談交渉によって問題の解決を図ります。そのとき問題になるのは、以下のような点です。

    • 事故の原因
    • 事故を避けられたかどうか(事業者側の過失の有無や程度)
    • 損害の種類や金額

     事故の原因が利用者にある場合や事故を避けられる可能性がなかった場合、事業者側に責任が発生しないケースもあります。

     介護事業所用の賠償責任保険に入っている場合には、保険会社に事故の報告をしましょう。保険が適用されるべきケースかどうかを調査されて、適用可能であれば、保険金から賠償金を支払ってもらうことが可能です。

  2. (2)調停を申し立てられる

     交渉によっては解決できない場合、利用者やご家族から、調停を申し立てられる可能性があります。調停では、事業者側が損害賠償をすべきかどうか、する場合にはその方法を、裁判所の「調停委員」を交えて話し合います。裁判所における調整によって、両者が納得できればトラブルを解決できます。

  3. (3)訴訟を起こされる

     示談が決裂した場合や調停が不成立になった場合、利用者側から訴訟を起こされる可能性もあります。介護事故が訴訟になったときには、事故の原因や事業者側の過失の有無、発生した損害の内容や評価などを裁判所が判断します。損害が発生しており、事業者側に責任があると認定されれば、判決で介護事業所側に支払いを命じる判決が下されます。

     このように、介護事業所で介護事故が起きたら、利用者側との間で示談や訴訟などの法的な対応が必要となります。不利にならないためには、事故当初から必要な証拠を保全し、事故態様を分析して、損害賠償が必要かどうかを正しく判定する必要があります。
    当初から弁護士に依頼していると、適切な証拠保全の方法についてアドバイスを受けられたり、示談や調停、訴訟の代理人を任せられたりして、リスクを低減できます。事故が発生したら、なるべく早めに弁護士に相談しましょう。

5、介護サービス事業者における顧問弁護士の役割とメリット

介護サービス事業者が顧問弁護士をつけておくと、以下のようなメリットがあります。

 

  1. (1)損害賠償を見据えた契約書のリーガルチェック

     介護サービス事業者がお客さまである利用者やそのご家族と契約を締結する際には、「契約書」を作成しますが、そこには万一、損害賠償請求を受けたときの対応も見据えた内容を盛り込んでおく必要があります。弁護士がついていれば、万一のときに事業所側が不利にならない契約内容に契約書を整えることが可能です。

  2. (2)介護事故発生時の適切な対応

     サービス利用者が転倒するなど、現実に介護事故が起こってしまったときには、顧問弁護士が非常に頼もしい味方となります。証拠保全、保険会社への報告、関係者への聞き取り調査、利用者との示談交渉などテキパキと進められるので、対応の遅れによって非難を受けたり、不適切な対応で不利益を受けたりするおそれが低下します。

  3. (3)ご利用者やご家族によるクレームへの対応

     介護事業を行っていると、どうしても利用者本人やご家族からクレームが寄せられることがあります。もちろん、真摯(しんし)に受け止めるべきクレームもありますが、中には無理な要求もあるものです。顧問弁護士は、各種のクレームについて、業務改善に役立てるべきものとそうではないものに適切に分類し、利用者やご家族への適切な対応をとると同時に、介護事業所全体のサービス内容の改善に役立てます。

  4. (4)介護職員の労務問題への対応

     介護事業所では、介護職員の労務問題も発生します。たとえば、ハラスメント問題や不当解雇問題、労災事故などが発生することもあるでしょう。
    弁護士がついていたら、普段の労務管理だけではなく、残業代、解雇、退職、労災事故などの法的なトラブルにも対応可能です。

  5. (5)誹謗中傷対策

     介護事業所には、「誹謗中傷対策」も必要です。たとえば、ネットなどで、「あそこの有料老人ホームは高額なだけで最低だ」などというようなことを書かれてしまうと、お客さまを集めにくくなってしまうでしょう。誹謗中傷を防止するとともに、問題のある書き込みが行われたら、すぐに削除することが大切です。
    弁護士がいれば、ネット上の書き込みの削除や犯人の特定、相手への損害賠償請求などができます。