転倒事故での裁判の判例

令和2年12月8日判決言渡 同日原本領収 裁判所書記官
平成31年(ワ)第7979号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 令和2年9月18日

判 決
5 主 文

1 被告は,原告に対し,57万8512円及びこれに対する平成30年4月12日から支払済みまで年 

 5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用は,これを5分し,その3を原告の負担とし,その余を被告の負担と10 する。

4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。

事実及び理 由
第1 請求

被告は,原告に対し,141万6389円及びこれに対する平成30年4月12日 から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要

本件は,原告が,被告の経営する東京都練馬区j町k所在のスーパーマーケット「D」(以下「本件店舗」という。)に利用客として訪れた際,同店舗内で転倒して負傷する
事故(以下「本件事故」という。)に遭ったことについて,被告に対し,安全配慮義務20 違反の不法行為又は債務不履行ないし工作物責任による損害賠償請求権に基づき,損害賠償金合計147万0483円のうち141万6389円及びこれに対する本件事故日である平成30年4月12日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

1 前提事実

25 以下の事実は,当事者間に争いがないか,掲記の証拠(枝番号のあるものは,特記しない限り枝番号を含む。以下同じ。)及び弁論の全趣旨により容易に認定すること2ができる。
⑴ア 原告は,昭和60年▲月▲日生まれの男性であり,本件事故当時,会社員として勤務していた(甲 

 24)。
イ 被告は,食料品等の販売及び輸出入等を目的とする株式会社であり,本件店舗5を経営している(甲

 1,弁論の全趣旨)。
⑵ 次のとおり,本件事故が発生した(争いがない)。
ア 日時 平成30年4月12日午後7時30分頃
イ 場所 本件店舗レジ前通路上
ウ 態様 本件店舗に利用客として訪れていた原告が,本件店舗内のレジ前通路を 歩行中,床に落ちていたかぼちゃの天ぷら(以下「本件天ぷら」という。)を踏んで転倒し,右膝を負傷した。
⑶ 被告は,平成30年4月14日から同年5月12日にかけて,原告に対し,本件事故に関して合計6万4620円を支払った(乙2,弁論の全趣旨)。

2 争点及び当事者の主張
 ⑴ 本件事故の発生につき被告に不法行為責任又は債務不履行責任ないし工作物責任が成立するか

(争点1)
(原告の主張)
安全配慮義務違反による不法行為責任又は債務不履行責任について被告は,本件店舗に不特定多数の顧客を呼び寄せて社会的接触に入った当事者間の信義則上の義務として,不特定多数の者の通常考えられる履物,行動等を前提として,その安全を図る義務がある。本件店舗では,天ぷらのように油を使用し,踏めば滑って転倒することが容易に予想される商品を扱っており,それが床に落ちることも十分
に考えられるから,被告は,顧客に対し,信義則に基づき,上記のような商品が通路に放置されないようにする義務を負っていたといえる。
25 被告が上記義務を怠り,本件天ぷらが通路上に放置されたことにより,本件事故が発生し,原告が損害を被ったのであるから,被告は,原告に対し,安全配慮義務違反の不法行為責任又は債務不履行責任による損害賠償義務を負う。
工作物責任について
被告は,本件天ぷらが落ちていて床が滑りやすい状態にあったのを放置して本件事故を惹起したのであるから,原告に対し,土地工作物責任による損害賠償義務を負う。
5 (被告の主張)
以下の事情によれば,被告は,本件事故の発生について責任を負わない。
ア 本件天ぷらは,本件店舗の従業員ではなく利用客が落としたものと考えられ,本件事故発生の時点で,本件店舗の従業員は,本件天ぷらが床に落ちている事実を確認していなかったから,被告が本件天ぷらを通路上に放置した事実はない。

イ 本件天ぷらは,惣菜売場の大皿に盛られたものを利用客自身がトングで取り,プラスチック製パック又は惣菜持ち帰り用袋に入れてレジに持参するという方法で販売されていたが,かかる販売方法は一般に採用されており,それ自体に何ら問題はない。上記販売方法を採用する場合,惣菜売場前に衣の一部等が落下することはあっても,本件事故現場であるレジ前通路等の惣菜売場前以外の場所に,揚げ物自体が落下していることは通常ない。
一般に,店舗・商業施設での転倒事故は,床の水濡れに起因するものが大半であり,落下物が原因となる場合も,主に青果売場における野菜くず等が想定されている上,レジ前通路は転倒事故発生のリスクが高い場所ではない。
したがって,本件事故のように,レジ前通路において,他の利用客が落とした惣菜20 を踏んで転倒するのは極めて例外的な事象であって,被告において,本件事故発生を具体的に予見することは困難であり,これを予見して,事前に特段の対応等を取るべき義務を負うものではない。

ウ 本件天ぷらが床に落とされた時刻は明らかではないが,レジ前という利用客の目に付きやすい場所で,レジ内には常に従業員がいたにもかかわらず,利用客から天ぷらが落ちているとの申告等がなかったことからすると,本件事故に近接するタイミングで床に落とされた可能性が高い。

レジ内の従業員は,レジ台等の死角になるため,レジ前通路を視認することができない。

本件事故が発生した午後7時台は本件店舗が比較的混み合う時間帯であり,レジに並んでいる利用客がいる場合,レジ内の従業員がレジ前通路の状況を確認することは一層困難である。

また,レジが混み合う時間帯に,あえてレジ付近の品出し等を行うことはないから,品出しを担当する従業員がレジ前通路の床面に落ちている本件天ぷらに気付くことも現実的に困難であった。

このように,本件店舗の従業員が,各々の作業を行うために,本件事故の発生した時間帯にレジ前通路付近を通りかかることは通常考えられず,仮に通りかかるなどしても,レジ前通路に並んでいる利用客に視界を遮られ,床に落ちている本件天ぷらを発見することができたとは考えられない。
よって,本件店舗の従業員が本件天ぷらを発見,除去することは現実的に不可能であった。

エ 本件店舗のようなスーパーマーケットにおいて,利用客が商品を床に落とすなどして,店舗側の責によらない事由により床面に商品等が落ちている状況が生じることは,現実的に避けられない。被告は,店舗の床面に商品等が落ちている状況を従業員が認知した際には,速やかに清掃等を行うように努めているが,かかる状況が発生していないか店舗内を常時監視しておくことや,転倒事故のリスクの低いレジ前通路に従業員を常駐させることは現実的に不可能であり,本件店舗のようなスーパーマーケットで現実にそのような対応は行われておらず,社会通念上,そこまでの対応が求められているものでもない。
 ⑵ 損害額

(争点2)
(原告の主張)
原告は,本件事故により,右膝打撲,膝内障(右膝後十字靭帯損傷,右膝蓋軟骨挫傷)の傷害を負い,これにより,以下のとおり合計147万0483円の損害を被った。

原告は,本訴において,上記損害額のうち141万6389円を請求する。
25

ア 治療費 10万8330円

整形外科内科 1万5150円及び被告既払額8680円

整骨院 2万6200円

イ 休業損害(2日分) 4万円
原告は,本件事故の翌日である平成30年4月13日及び同月16日に有給休暇を取得した。

原告の年収は486万6324円であり,土日祝日及び年末年始休暇を除いた出勤日は243日であるから,日額2万円となり,2日分の休業損害は4万円となる。

ウ 通院慰謝料 105万円

エ 後遺障害慰謝料 10万円
 原告には,後遺障害等級14級にまでは至らないものの,現在まで疼痛が残っている。

オ 文書料等 2万6430円

整形外科内科 1万7670円

8760円

カ 弁護士費用 14万5723円

キ 合計 147万0483円
(被告の主張)
ア 治療費について
原告が本件事故により膝内障を負った事実は認められず,本件事故による傷害に対する妥当な治療期間は2週間程度にとどまる。

また,G整骨院での治療内容は不明であり,必要性も明らかではなく,G整骨院への通院と本件事故との間に因果関係は認められない。

イ 休業損害について
原告は,本件事故当日(平成30年4月12日),歩いて本件店舗を退店し,同月13日及び同月14日にも本件店舗を訪れるなどしており,日常生活等に支障はなく,休業の必要性はなかったから,休業損害は認められない。

ウ 通院慰謝料について争う。

エ 後遺障害慰謝料について
原告に疼痛等の症状が残存することの証拠は一切なく,後遺障害慰謝料は認められない。

オ 文書料等について
原告の立証に要した費用であり,原告自身が負担すべきものであって,本件事故との相当因果関係は認められない。

カ 弁護士費用について争う。

キ 既払金
被告は,原告に対し,本件事故に関して6万4620円を支払っている。

⑶ 過失相殺の可否

(争点3)
(被告の主張)
本件天ぷらの大きさや床との色の違い等によれば,原告が通常の注意を払って歩行していれば,本件天ぷらが床に落ちている状況を容易に確認でき,本件事故の発生を回避できたことは明らかであって,本件事故は専ら原告の不注意により生じたものである。

(原告の主張)
原告の着用していた靴が滑りやすかったとか,両手に多くの荷物を持って歩行に支障を来していたなどの事情はないから,原告に何らかの過失が認められるとしても,5割をはるかに下回るものにとどまる。
第3 争点に対する判断
1 認定事実
前記前提事実に加え,掲記の証拠(枝番号のあるものは,特記しない限り枝番号を含む。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

⑴ア 本件店舗の見取図は別紙店舗図面のとおりであり,同図面中「A」と付記され赤色に塗られた箇所及びその上下にレジ台が7台並んでおり,下から順に1番から7番までの番号が付されている(以下,それぞれ「1番レジ」ないし「7番レジ」という。)(乙1,証人H,弁論の全趣旨)。

イ レジ台が並んでいる前には,別紙店舗図面の上下方向に通路(レジ前通路)がある。また,レジ前通路と垂直に交わる形で,陳列台によって仕切られた通路が複数並んでいる(以下,最も下(後記ウの惣菜売場前)の通路を「1番通路」といい,その上の通路を「2番通路」,更にその上の通路を「3番通路」というように呼称する。)
(乙1)。

ウ 被告は,本件事故当時,別紙店舗図面中「B」と付記され赤色に塗られた箇所にある惣菜売場において,かぼちゃの天ぷらを含む惣菜類を種類別に大皿に盛って陳列し,利用客自身が購入しようとする惣菜をトングで取り,惣菜売場に置かれているプラスチック製パック又は惣菜持ち帰り用袋に詰めてレジまで持参するという方法で販売していた(乙1,弁論の全趣旨)。

 ⑵ア 本件店舗の営業時間は午前9時から深夜0時までであり,本件事故が発生した曜日及び時間帯である木曜日の午後7時台には,通常,以下のとおり,合計26名程度の従業員が,それぞれ掲記の本件店舗内の業務に従事していた(乙8)。
責任者(店長及び夜間責任者の2名) 店舗全体の管理等
レジ部門担当者(7名程度) レジ(精算),レジ後方のサービスカウンター等のレジ周りの業務
青果,鮮魚,精肉,惣菜部門担当者(12名程度) 各部門における商品化,
各売場への品出し等グローサリー部門担当者(5名程度) 担当する分類(日配品,一般食品,菓子,家庭用品)の売場とバックヤードを行き来しての品出し等

本件店舗では,開店前に店舗内全体の清掃,確認を行っており,営業時間中に定期的な清掃等は行っていなかった。本件店舗には,清掃に関するマニュアル等はなかったが,店長が,朝礼や夕礼等の際,従業員に対し,店舗内を整理整頓して清潔に保つこと,床に汚れや落下物(異物)を見付けた場合には速やかに清掃することを指導していた。(乙8)
⑶ア 原告は,平成30年4月12日午後7時頃,勤務先から帰宅途中に夕食を購入するため,当時の自宅から徒歩数分の距離にある本件店舗に立ち寄った。原告は,20分程で買い物を済ませ,2番通路又は3番通路からレジ前通路に向かった。

レジ台の前には利用客が並んでいたが,原告から見て右方の1番レジ及び2番レジは比較的空いていたことから,原告は,そちらで精算しようとレジ前通路を歩行中,3番レジ前で本件天ぷらを踏んで左足が前に滑り,右膝を床に打ちつける形で転倒するという本件事故が発生した。(甲24,原告本人)

イ 本件天ぷらの大きさは,縦横それぞれ13cm,10cm程度であった(乙1写真④,⑤,証人H,弁論の全趣旨)。

ウ 本件事故発生時,原告は,スーツ上下に革靴を着用し,片手に買い物カゴを持ち,片手に通勤鞄を持っていた。原告が着用していた革靴は,本件事故の一,二年前に2万円程度で購入し,通勤用の靴2足のうちの1足として使用していたものであった。(甲24,原告本人)

⑷ 消費者庁が平成28年12月7日付けで発出した「店舗・商業施設で買い物中の転倒事故に注意しましょう」と題するニュースリリース(乙7)には,消費者庁に平成21年9月から平成28年10月までの間に寄せられた店舗・商業施設での消費者の事故情報845件のうち,602件が濡れた床や駐車場等での滑り又はつまずきによる転倒事故であること,転倒事故の中では,床面での滑り事故が最も多く,次いで店舗内床面の段差や凹凸によるつまずき,駐車場の路面の段差や凹凸によるつまずき,床に置かれた商品や荷物用台車等でのつまずきの順になっていること,店内の床滑りによる転倒事故350件のうち,床の水濡れによるものが123件(35%),雨天で濡れた床によるものが101件(29%),落下物(野菜くずや果物,飲み物,その他商品やその一部等)によるものが67件(19%)であることなどが記載されている。

2 争点1(本件事故の発生につき被告に不法行為責任又は債務不履行責任ないし

 工作物責任が成立するか)について
⑴ 前記認定の本件店舗におけるかぼちゃの天ぷら等の惣菜の販売方法(認定事実や,本件事故現場が会計前の商品を持った利用客が頻繁に通るレジ前通路であることを考慮すると,本件事故現場付近の床面に本件天ぷらを落としたのは,本件店舗の従業員ではなく利用客であったと認められる。
もっとも,前記認定のような惣菜の販売方法を採用する場合,利用客による惣菜のパック・袋詰めの仕方や運び方等に不備があり,惣菜を持ってレジに向かう途中で, 誤ってレジ前通路の床面に惣菜を落とすことがあり得るのは容易に予想されるといえる。証拠(甲24,乙8,原告本人,証人H)によれば,本件事故が発生した平日の午後7時台は本件店舗が混み合う時間帯であり,レジ台の前には会計を待つ利用客の行列ができていたことからすると,比較的空いているレジ台を目指すなどしてレジ前通路を歩行する利用客も相当数いたと考えられるから,レジ前通路の床面に物が落下していた場合,転倒事故が発生するおそれは大きかったといえる。
上記事情に鑑みると,本件店舗を運営する被告としては,利用客に対する信義則に基づく安全管理上の義務として,本件事故発生時のように,本件店舗が混み合い,相当数の利用客がレジ前通路を歩行することが予想される時間帯については,被告の従業員によるレジ周辺の安全確認を強化,徹底して,レジ前通路の床面に物が落下した状況が生じないようにすべき義務を負っていたというべきである。
本件事故発生時,被告の従業員がレジ周辺の安全確認を行っていた形跡はなく,被告は,上記義務を尽くしておらず,これにより,レジ前通路の床面に天ぷらが落下した状況を発生,継続させ,本件事故を生じさせたのであるから,被告には信義則上の安全管理義務違反があり,不法行為責任が成立するというべきである。

 ⑵ 被告の主張について
被告は,本件事故のように,レジ前通路において,他の利用客が落とした惣菜を踏んで転倒するのは極めて例外的な事象であって,被告において,本件事故発生を具体的に予見することは困難であり,これを予見して,事前に特段の対応を取るべき義務を負うものではない旨主張する。
しかしながら,上記⑴に認定・判示したとおり,利用客自身が購入しようとする惣菜をパック詰め又は袋詰めし,これを惣菜売場からレジまで持参するという販売方法を採用する場合,利用客によるパック詰め又は袋詰めが,従業員が行う場合と比較して不完全なものとなり,運搬中に惣菜がパック又は袋から出て床面に落下することや,その場所がレジ前通路であることは十分想定される事態であるといえる。
被告は,消費者庁のニュースリリース(乙7)を根拠として,店舗・商業施設での転倒事故は,床の水濡れに起因するものが大半であり,落下物が原因となる場合も,主に青果売場における野菜くず等が想定されている上,レジ前通路は転倒事故発生のリスクが高い場所ではない旨主張し,本件事故当時,本件店舗の店長を務めていたHの陳述(乙8)及び証言にも,上記主張に沿う部分がある。
しかしながら,上記ニュースリリースによれば,消費者庁に情報提供のあった 店舗・商業施設での転倒事故845件のうち,落下物による店内での床滑り事故は67件と相当程度の割合を占め,落下物の例として「商品」が挙げられているから,本件事故の原因及び態様が異例であるとはいえない。
また,上記ニュースリリースに添付された買い物中に転倒事故に注意すべき場所を示した図(乙7・別紙1)において,レジ前通路には印が付されていないが,上記図 は,特に床滑り事故が発生しやすい場所を摘示したものであって,それ以外の場所で事故が発生することが,直ちに想定外の稀な事態であるとは認められない。
Hは,自身がこれまで同種事故(利用客が,レジ前通路で,他の利用客が落とした商品を踏んで転倒する事故)の発生を経験したことがなく,店長会議等で聞いたこともないことを理由として,本件事故が非常に珍しいケースである旨陳述及び証言するが,上記アのとおり,本件事故当時,本件店舗で採用されていた惣菜の販売方法を前提とすると,利用客による運搬中に惣菜が床面に落下することや,その場所がレジ前通路であることは十分想定される事態であるといえ,Hの知る限りにおいて,被告の
経営する店舗で同種事故が発生したことがなかったとしても,本件事故発生の予見可能性が否定されるものではない。

主張は採用できない。
5被告は,本件天ぷらは,本件事故に近接するタイミングで床面に落とされた可能性が高いこと,レジ内の従業員は,レジ台等の死角になりレジ前通路を視認することができないこと,本件事故が発生した午後7時台はレジが混み合う時間帯であり,レジ付近の品出し等は行わないため,品出しを担当する従業員がレジ前通路を通りかかることはなく,仮に通りかかったとしても,並んでいる利用客に視界を遮られることなどを指摘して,本件店舗の従業員が本件天ぷらに気付き,これを除去することは現実的に困難であった旨主張する。
本件証拠上,本件天ぷらが床面に落下している状況が,本件事故のどの程度前の時点で生じたのかは明らかではないが,レジ前通路に天ぷらが落ちているのを見かけた利用客が速やかに従業員にその旨申告するとは限らないから,本件事故前に利用客から申告がなかったことをもって,直ちに上記状況の発生と本件事故とが時間的に近接していたと認めることはできない。その他,本件天ぷらが床面に落下した直後に本件事故が発生したことを具体的にうかがわせる事情はないから,被告の従業員がレジ周辺の安全確認を行っていても,本件天ぷらに気付いて対処することが時間的に不可能であったとは認められない。
証拠(乙1写真⑦,⑧,8,証人H)及び弁論の全趣旨によれば,レジカウンター内でレジを担当している従業員は,レジ台の死角になるため,レジ前通路のうちレジ台に近い部分は視認することができないこと,本件事故が発生した平日の午後7時台は本件店舗が比較的混雑しており,レジ前通路には会計を待つ利用客が並んでいるため,従業員がレジ前通路に長時間滞在したり,頻繁に巡回したりすることは困難又は不適切であることが認められる。
しかしながら,前記認定事実及び証拠(原告本人)によれば,原告は,2番通路又は3番通路から1番レジ又は2番レジに向かうため,3番レジに並んでいる利用客の後方を歩行中に本件事故に遭ったと認められるから,本件事故発生時,本件天ぷらは,3番レジのレジ台からある程度離れた場所に落ちていたと考えられ,レジ台の死角になることにより,レジ担当の従業員がレジ前通路の床面に落ちている本件天ぷらに気付くことがおよそ不可能であった旨の被告の主張には疑問がある。
また,前記認定事実によれば,本件事故当時,本件店舗には26名程度の従業員が勤務しており,手の空いた従業員がレジ周辺の安全確認を行うことが人員不足により不可能であったとは認められないところ,レジ前通路に利用客が並んでいる中,従業員が同所に長時間滞在したり,頻繁に巡回したりすることは困難でも,レジ前通路の端の利用客が並んでいないところや,並んでいる利用客の後方(陳列台によって仕切
られた通路の方)等から,レジ前通路の状況を目視により確認することで,利用客の邪魔にならない形でレジ周辺の安全確認を行うことは可能であったと考えられる。
以上によれば,被告の従業員が本件天ぷらに気付いて対処することができず,本件事故発生を回避し得なかったとは認められないから, 被告の主張は採用できない。
エ 被告は,床面に商品等が落ちている状況が発生していないか店舗内を常時監
視しておくことや,転倒事故のリスクの低いレジ前通路に従業員を常駐させることは
現実的に不可能であり,社会通念上,そこまでの対応は求められていない旨主張する。
しかしながら,本件事故当時,本件店舗で採用されていた惣菜の販売方法を前提とすると,必ずしも,レジ前通路における転倒事故のリスクが低かったということはできず,本件事故発生時のように,本件店舗が混み合い,相当数の利用客がレジ前通路を歩行することが予想される時間帯について,被告の従業員によるレジ周辺の安全確認を強化,徹底することが,現実的に不可能であるとも,社会通念に照らして過度の要求であるともいえず,被告の上記主張は採用できない。
25 オ その他,被告の主張するところは,いずれも上記⑴の認定・判断を左右するものではない。

3 争点2(損害額)について
⑴ 原告の治療経過等
掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

ア 原告は,本件事故の翌日である平成30年4月13日にE整形外科内科を受診し,レントゲン検査等がなされた上,右膝打撲傷との診断を受けた(甲13,乙3)。

イ 以後,原告は,E整形外科内科に通院して物理療法を受けるとともに,同病院の医師の承諾を得て,同年5月7日から同年9月3日にかけてG整骨院に通院し,温電法,電気療法,手技療法の施術を受けた(甲6,13,14,24)。

ウ 原告の症状が軽快しないことから,E整形外科内科の医師の指示により,同年7月1日,Fにおいて右膝のMRI検査がなされ,検査の結果,PF(膝蓋骨・大腿骨)関節変性症及び陳旧性PCL(後十字靭帯)断裂の所見が認められた。上記検査結果を受け,E整形外科内科の医師は,原告について,右膝打撲に加えて膝内障(右膝後十字靭帯損傷・右膝蓋軟骨損傷)と診断し,その後も物理療法を行い,同年9月1日に治療を終了した。(甲2,9,13,14)

エ 原告に右膝の既往症はなかった(甲16,24)。
⑵ 上記認定事実及び後掲各証拠によれば,本件事故により原告に発生した損害は,以下のとおりであると認められる。

ア 治療費 11万4650円
上記認定事実,証拠(甲4から6まで,乙2)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件事故により,右膝打撲及び膝内障(右膝後十字靭帯損傷・右膝蓋軟骨損傷)の傷害を負ったこと,上記傷害の治療のため,同年4月13日から同年9月1日にかけてE整形外科内科に通院し,同年7月1日にFにてMRI検査を受けたほか,医師の承諾の下,同年5月7日から同年9月3日にかけてG整骨院にて施術を受けたことが認められ,これらの治療及び施術のために原告が支出した以下の費用について,本件事故との相当因果関係が認められる。
E整形外科内科 7万9770円

F 8680円

G整骨院 2万6200円
合計 11万4650円

イ 文書料・医師面談料 2万6430円
証拠(甲19から23まで)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,文書料として合計1万8180円,医師面談料として8250円を支出したことが認められ,これらは本件訴訟の遂行に必要なものといえるから,本件事故と相当因果関係のある損害と認められる。

ウ 休業損害 4万円
証拠(甲12,15)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件事故後,右膝の痛みが強かったために,平成30年4月13日及び同月16日に有給休暇を取得したこと,原告の平成29年分の給与収入額は486万6324円であり,土日及び年末年始休暇を除く出勤日1日当たりの損害は2万円余となり,2日分の有給休暇取得に対応する損害額は4万円であることが認められるから,同額について本件

事故と相当因
果関係のある損害と認められる。

エ 通院慰謝料 100万円
上記認定の原告の傷病の内容,治療経過等に鑑みると,通院慰謝料としては,上記額を認めるのが相当である。

オ 後遺障害慰謝料 0円
 原告に,後遺障害慰謝料を認めるべき程度の後遺障害が残存していることを認めるに足りる的確な証拠はない。

カ 小計 118万1080円

 争点3(過失相殺の可否)について
本件店舗の利用客である原告においても,レジ前通路を歩行するに当たり足元への注意を払うべきであり,そうしていれば,本件事故の原因となった本件天ぷらの大きさや床面の色との違い(乙1写真⑦),原告の年齢(事故当時33歳)等に鑑み,落下物があることに容易に気付いて本件事故を回避し得たといえること,本件事故当時,原告は,鞄と買い物かごを持って両手が塞がった状態であったこと(前記1⑶ウ)などを考慮すると,本件事故の発生については原告にも過失があり,その過失割合は5
割を下回らないものと認めるのが相当である。

被告が原告に対して賠償すべき損害の額
以上によれば,原告は,本件事故により118万1080円の損害を被ったところ,これに過失相殺後の被告の過失割合5割を乗じた額は59万0540円となり,同金額から被告からの既払金6万4620円を控除した52万5920円に,本件事故と相当因果関係が認められる弁護士費用5万2592円を加えると,57万8512円となる。
したがって,被告は,原告に対し,信義則上の安全管理義務違反の不法行為に基づき,57万8512円の損害賠償金及びこれに対する本件事故発生日である平成30年4月12日以降の遅延損害金を支払う義務を負う。

第4 結論
よって,原告の請求は,主文第1項の限度で理由があるから同限度で認容し,その余は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第44部

裁判官 長 妻 彩 子